さあ、解散、総選挙、安倍内閣を退陣させよう2014年11月12日 21時39分54秒

★アベノミクスという詐欺にこれ以上騙されるな                アクセスランキング: 75位

 11月に入り、木枯らしと共に解散風も吹き始め、まだ安倍首相自身サイドは一切「解散」について口をつぐんでいるものの、マスコミでは「解散」確定との報である。
 じっさい、自公合わせて絶対多数を保持している衆院で、何で解散を今頃慌ててしないとならないのか常識的には理解に苦しむ。が、理由は簡単で、このままズルズルと先延ばしして、任期いっぱいに近づくほど支持率も下がり選挙やっても議席減らすことは確実だから、まだ「賞味期限」内に、つまりいくらかでも人気保っている間に、選挙をすればさほどダメージは負わないという党利党略の極みなのであろう。

 先の米国の中間選挙での民主党オバマ大統領ではないが、レームダックとなって、つまり死に体状態の不人気で選挙を迎えれば結果は目に見えている。今解散すれば、アベノミクス人気に陰りが見え始めたといっても50%近くもの支持率がある。他の政党の支持率は高くても10%もありゃしない。小選挙区制度での選挙であれば野党再編もされないうち、抜き打ち的に選挙を仕掛ければ必ず勝てると踏んでの解散劇なのである。

 今さら言うまでもないが、そもそもアベノミクスなる景気振興策は、政府日銀自民党が一体となった詐欺、いかさまの極みであり、儲かるのは大企業と投資家だけで庶民には増税と物価上昇で実質賃金は減り、何一つ恩恵はないという、金持ちたちだけが得し儲けるための経済政策なのである。
 じっさい、身近の誰に聞いても、景気が良くなった、生活が楽になった、金が入ってきたなどと言う人は誰一人いない。皆、給料は上がらないのに消費税増税と円安で物価だけが上がり、生活が苦しくてたまらないとこぼしている。
 確かに、株価だけは上がった。一部の大企業ではボーナスも増えたそうだ。しかしそれは庶民とは一切関係ない。日銀や御用学者たち有識者は、消費税増税の影響は、夏までで秋には回復するなどとのたまったが、どうであったか。儲かる人は儲けているのかもしれないが、国民のほとんど、庶民は何一つ恩恵は被っていないではないか。

 そうした政治の「詐欺商法」がしだいに化けの皮が剥がれてきた。自民党を支持し、アベノミクスや彼らの政策、女性活用やら地方再生やらに期待した人もいようが、掛け声だけで何一つ成果は上がらない。生活はちっとも楽にならないではないか。これは騙されているのではないだろうか、と誰もが感づき始めた。

 で、そのためにどうしたら良いか。このまま支持率はさらに低落して成果も上がらなければ、この政権、内閣は死に体となる。安倍の首をすげ替えたところで、もはや自民党の支持率は回復しない。それでは先の政権転落のときの二の舞となる。ならば今ここで、他の野党がふがいない非力なうちに、解散すればまた国民はアベノミクスに期待しなくとも選挙には勝てると考えたのである。そしてじっさいに、おそらく今回も安倍自公政権は大勝する可能性が高い。

 理由は簡単で、今の小選挙区制という悪制度だからだ。各選挙区、一人しか当選者が出ないが故、やたら死票が多く、四割の得票率で八割の議席をとることができるこの制度ならば、弱小野党が乱立すればするこそ確実に自公候補が他の候補を抑えて当選できる仕組みなのだ。しかも今自公はほぼ全ての小選挙区に現有議席を確保しているのだから候補者探しや調整は何もいらない。このまま選挙に打って出れば、他の政党が慌てふためいているうちに選挙戦が始まり、気がつけば投票日となり、またしても組織力のある自公の候補がどこかしこ当選してしまうのである。

 しかしそうなったとき、この国の国民は再びアベノミクスと安倍政権を信任したことになり、彼らはまたさらに驕って悪法を強行し、景気はさらに低迷し日本は破滅へと突き進む。

 選挙制度は、今すぐに変えようはないが、せめて誰もが投票所にまず足を運んで、自公の候補以外の、もっともまっとうなことを公約に掲げている候補と政党に(比例代表では)一票を投ずることだ。
 自分ならばまず判断にするのは、平和憲法を解釈改憲し、集団的自衛権の行使を認めるのか、あくまでも憲法擁護であるかだ。また、稀代の悪法、特定秘密保護法についてもどういう立場をとっているか。

 とにもかくにも今こそ、国民の一票が政治を大きく変えていく。このまま投票しないことは無条件にアベノミクスと安倍政権を信任したこととなる。それで貴方は得するのならその選択もあろう。が、今生活が苦しく、先行きの展望も見えないのならば、選挙に行かないことと自公候補に一票を投ずることは自殺行為だとあえて言っておく。このままではこの国に未来はない。

続・言葉や情報を伝え届けることの難しさよ2014年11月12日 23時12分07秒

★が、その努力をひたすら続けていくしかない。        アクセスランキング: 75位 

 無頼庵での企画にせよ、人が集まらないので最近ふと考えるのは、そもそもこの我、人徳なし不人気のマス坊が企画し催すが故、人が集まらずダメなのではないかということだ。そもそもが対人障害があり、こうしたブログはともかくも面と向かって人様との関係において甚だ難、問題ある者が企画したところで人が来るはずもないと。
 つまり何であれ我が非力さゆえの結果だという気さえしてくるが、しかしそうだとすれば御大有馬氏、中川五郎氏に対しても失礼であろう。彼らの知名度を凌駕するほど我に悪評であれ知名度も何もないのであるから。庸は宣伝努力の至らなさであろうか。いや、要するに我が卑小かつ無名すぎるのだ。

 そしてあえて書けば、このライブ企画は実に面白く素晴らしいと自負している。有馬敲を筆頭に、これだけのメンバーを揃えることじたいなかなか難しいはずだ。その有馬さんを招き、彼の詩に曲を付けたものをフォークシンガーたちが唄うという企画自体、今の時代難しくこの企画は特筆すべきものだと思う。
 もし自分ではなく、誰かがこんな企画を立ててくれたなら我は間違いなく予約して参加するはずだ。先にも予約して頂いた方が記していたが、これを見逃すと二度とないと思えるし、関西フォークムーブメントの頃からの日本のフォークソングに関心持つ者ならば、必見の好企画であろう。
 自画自賛と思われようが、じっさい同様の感想を持たれる仲間も周囲には何人かはいる。ならばこの催しは我だけが面白い、価値あると考えるものではなく、同様な思いを持つ同好の士はある程度の数は間違いなく存在すると信ずる。
 ただ問題は、そうした少なからずいるはずのそうした「仲間」たちに、このライブの情報がいきわたっていないことだ。自分一人ではないと思うものの、同じような思いや嗜好、関心を持つ者たちと繋がらないことが何とも苦しい。

 たぶん当ブログの読者の方は、ここで書き続けている中川五郎や岡大介ら日本のフォークソングの記事や拙宅無頼庵での詩朗読会のことなどもご存知であろうから今回の企画にもある程度の関心は持たれるはずだろう。しかし、この読者などたかが知れている数だろうし、遠くにお住まいの方は参加したくても不可能だろうし、じっさいにこのブログを読み参加を決意する方も限られるはずだ。
 日本のフォークソング史や有馬敲、関西フォーク、あるいは詩朗読活動などに興味や関心を持つ人たちは他にも多くいると信ずる。しかしその人たちにこんなライブイベントがあるとどうしたら情報を届けられるか。参加する各ミュージシャンが各自フェイスブックなどで告知してくれたとしてもそのフェイスブックをやっている人にしか情報は届かない。

 大昔、自分が高校生の頃なら、吉祥寺のぐゎらん堂とか両国フォークロアセンターとか、京都ならほんやら洞、大阪ならば難波のディランとか、こうした音楽の情報は同好の者が集う「場所」に出向けばそこに置かせてもらってあるチラシなどで何でも知ることができた。場所の数が少なかったぶんだけ情報の伝達度は高かった。
 そしてそれが数年すると、びあとかシティロード、大阪ならばプレイガイドジャーナル誌が発行されてきて、それを一冊買えば、映画もライブもイベントもほぼ全ての情報は把握できるようになっていった。

 そして今21世紀のインターネットの時代となって、誰もがこうしてネット上に、それぞれ自分で情報は気軽に発信できるようになったが、伝えたい、届けたい相手に情報はちゃんと届いているのであろうか。かつての情報誌やユニークな溜まり場のように、皆が集い統合する場が存在しないが故、各自それぞれが勝手に情報は撒き散らすことはできても逆に昔より伝えたいことは届かなくなってしまったように思えてならない。どんなことでも昔の大まかさを思うとき、今はあまりにも細分化され小集団化してしまった。そして核、中心となるものを欠いてしまったのだ。

 じっさい今でも自分が好きな音楽、日本のフォークソングや好きなシンガーたちに同様に興味と関心を抱く方々もたくさんいるはずだ。ならば彼らにとって今回のイベント企画は間違いなく興味深い楽しみなもののはずだ。が、その人たちにこの情報を届ける術がまだみつからず、狭いスペースの店でも未だ席は埋まらないでいるのである。
 そうしたまだ見ぬ友を求めて、彼らにこの情報がどうしたら届けられるかそれこそが今後の喫緊の課題であろう。

冬の備えに山梨へまた2014年11月14日 10時25分08秒

★戻ったら報告します。                アクセスランキング: 84位

 寒くなってきた。今年一番の冷え込みとのこと。寒いのは仕方ないが、そのための準備と備え、冬支度をしないとならない。
 山梨の古民家は、もう氷点下となろう。外の水道の水抜きしたりしておかないと凍って破裂して面倒なことになる。そんなで大慌てでまた山梨へ一人で犬たちと行ってきます。

山梨で気持ちリセットしてきた2014年11月15日 22時26分16秒

★見上げてごらん初冬の夜空の星を         アクセスランキング: 88位

 山梨の古民家で久々に一泊してきた。一人で犬二匹連れてだ。11月も半ばとなってこちら、東京の多摩地区でもかなり冷え込むようになってきたがやはり向こうは既に冬の装いで、紅葉も既に終わりに近く落ち葉が道にいっぱいでともかく寒かった。
 毎度ながらジャンパーなど上に着る者は何も持たず、気軽なトレーナー姿で行ったのであまりの寒さに、先住の方の残してあったボロ衣類をあさって羽織って何とか暖をとった。ただっ広い間仕切りも何もない暖房器具はコタツ一つだけの何十畳もの大広間の中なのである。そのコタツも専用の布団がみつからずとりあえず手近にあったシーツを被せてスイッチ入れた次第。コタツすらなければあとは布団にもぐりこむしかない。

 今回行ったのは、北斗市は氷点下となるとの天気予報だったので、先だって新たに工事し引き直した水道管の水抜き、バルブ閉めのためで、まさか急にこんなに寒くなるとは考えもしないうちに冬が来てしまったというわけだ。これで水道が凍って管が破裂したりすると普段そこに暮らしているならすぐに気づき対処もできるが、基本不在なので後からまたバカ高い水道代が請求されてしまう。面倒だが高冷地では、家を長期間空けるとき冬場は帰る前に家中の蛇口を開けて水道の水抜きをしておかないと凍って大変なことになる。そんなで大慌てで本格的に冬が来る前に駆けつけたのだ。

 しかし久々に向こうに泊まって一人も人間に会わずに、テレビもネットも何一つないラジオもつけずに静かな夜を過ごして気持ちはリフレッシュ、リセットできた。どれほど寒くても環境を変えて自然の中で一人で過ごすのは良い気分転換となった。

 実はこのところ月末の詩朗読フォークコンサートが近づいてきて、観客の入りのこともあるが、準備に追われているのになかなか進まずやはり焦り苛立ち始めていたのだ。時間は迫ってきているのに果たしてどうなるのか不安な気持ちも高まってきていた。そんな中、山梨の古民家どころではないという気分であったけれど行かねばならず、日帰りも考えたが、疲れるだけと考え直して久々に泊まってきた。そして今日の午後早く戻ってきた。

 このところ先にも書いたが、トラックを借りて倉庫からの移動のため何度も本類の運び込みに通ってはいたが、レンタカーを当日返すのでいつも日帰りだった。昼前に東京を出て向こうに着くと積荷を下ろしてあたふたと夕方前に向こうを発つということの繰り返しだった。だから古民家に滞在しているのは行っても実質4時間足らずであった。

 今回も決してのんびりできたというわけではないが、一人の時間を過ごせて環境を変えたことで気持ちも改まった。そしてこれは自慢することではないが、この場所があり、いつでも行けて自由に使える古民家が自分にある幸せをかみしめた。むろんガソリン代や高速代、その他維持費もやたらかかる。しかし今のように目先のことに追われて焦り苛立つときにきもちを切り替えられる避難場所のようなところがありいつでもそこに行けることは何と幸せなことかと改めて気が付いた。

 だからこそこの幸運、喜びを独り占めしてはならないと思うし、所有権は移ってもここが自分の持ち物、自分ちだという気持ちは今も全然ない。あくまでも仮のすまい、元の持ち主様から借りて使わせてもらっている気がしている。だから人んちとして落ち着かない気も未だしているが、だからこそ行けば気持ちも改まるのであろう。
 そしてここは同様に、友人知人他の方も来てぜひ使ってほしいと望む。でないとあまりにもったいないし、我一人ではとても維持も管理もできない。これからさらに寒くなるが、本年明けの記録的な豪雪はまず起こらないと思うので、寒さと不便を覚悟のうえで、気分転換したいときは連絡頂ければ同行も案内も接待もする。

 そこは特に何か観るものや遊ぶところなど何もない。行くのも暮らすのもただ不便なだけのところだ。古民家といっても本格的趣のあるそれではないし、また゜まだ前所有者の家族の残したガラクタなどもあるので何とも落ち着かない。しかし静かであることと自然いっぱいでまず人間には誰にも会わずにいられることが有難い。
 そして特筆すべきは、夜空の星の素晴らしさだ。天文愛好家ならば星空観測のメッカは清里や野辺山であるのはご存じと思うが、そこにも近いこととともかく空気が澄んだ山里、標高も高いこと、さらに限界集落なので街頭がほとんどないこともあって夜が暗く、雲さえなければまさに夜の空は満点の星となる。
 ここに来て夏の間は毎晩一人で一時間も夜空見上げてひたすら夜道を歩いていた。初めて天の川というまさに星の河を確認もしたし、流れ星も一晩に何個も見れた。あまりに星の数が多いので、どれが北斗七星の星々か、オリオンか、スバルかさえ見分けるのが難しいほどだが、まさに何時間見ていても飽きることはない。

 バカのように口を開けつつ、夜空に瞬く何万個もの星を見上げていると全てのことがどうでもよくなっていく。虚しいとか意味がないというのではなく、人間の営む目先の問題や悩みなど宇宙の中では全くどうでもいい小さな小さなことだと思えてくる。究極の未来永劫変わらない大自然とは宇宙、天体であり、この地球すらその宇宙の大きさの中ではごくちっぽけな一つの星にしかすぎない。そこで今あくせくして生きている自分などは海の砂粒ほどの存在ですらないのだ。星々の時間の中では人間の営みなど100年生きたとしても無意味だとわかる。

 さすがに今の季節は寒くなってしまったのでもうそんな風に一時間も外に出ていられない。が、その満天の星々を見るだけでもそこ北斗市須玉に行く価値はあると思う。今回もそれでずいぶん気持ちは楽になった。
 帰り道、晴れて爽やかな中央高速を適当なうたを大声で歌いながら飛ばして帰った。後方には八ヶ岳、右手には南アルプスの山々、前方には雪を被った富士山がそびえたつ。もう今は不安や怖れ、焦りや苛立ちは全く消えた。山梨の古民家に行かなかったらば、小心者の自分はしだいに当日が近づくにつれ焦り興奮しドキドキ心臓は高まってきてパニック障害となっていたかもしれない。

 まあ、向こうはともかく寒いが、これからもうまく時間をつくって来年の夏に向けて片付けなど進めていく。そして今冬は無理だが、寒さ対策として安物でも薪ストーブを設置するつもりだ。やることはいっぱいあるしできることは限りがある。だからこそできるときにすべきことを少しづつでもやっていこう。ちっぽけな人間の些細な人生だが、満天の星を見上げながらささやかな幸せを祈ろう。

犬を抱いて寝れば暖かいか~体験上の考察2014年11月16日 01時29分44秒

★選挙近づくこのご時世にどうでも良いことだが。   アクセスランキング: 101位

 古本屋として様々な本に出会い、とりあえずはざっとでも目を通す。いつ読んだのか何という本に書いてあったか定かではないが、北越雪譜だったか、昔の猟師、マタギの話として記してあった記事だ。
 昔の人、狩人は、冬、雪の日でも獲物を追って何日も猟に出ると、当然のこと雪の中で寝泊まりしなくてはならない。猟師小屋のような暖がとれる場所がないときもあろう。今のようなハイテクのテントなどない時代なので、そんなときは、まず雪の中に穴を掘って、もぐりこみ連れていた犬を抱いて暖をとり眠るとあった。
 今ならビバークするのに確かに雪洞を掘り一夜を過ごす。しかしそれは今の優れた登山用具があるからで蓑笠の時代にそれで凍死しないかと思うがポイントは連れていた猟犬なのだ。つまり犬は体温が高く暖かいから抱いて眠れば凍死しないですむと書いてあった。

 ふーむ、と思った。ならば犬好きとして自分もぜひ試してみたいと考えた。しかし、果たして犬はそんなに暖かいかという疑問もわく。昔の猟師が猟に連れて出た犬とて、セントバーナードのような大きな犬ならともかく日本ならせいぜいシバ犬の類の大きさであろう。それを抱いてれば雪の中でも凍死しないでいられるかだ。大雪の日に、じっさい山に行って実験してみるしかないとも考えていたが、それはあまりにも危険が伴う。

 今回、山梨の古民家で、昨夜寝るとき、あまりに寒いのと暖房器具が布団以外何もないので、自分一人だったこともあって連れてきた犬たち、ブラ彦とベルコの夫婦を部屋に上げて一緒に布団の中に入れて寝た。
 ブラ彦は、布団の中にもぐって眠ることはあまり好きではないので若いメス犬ベルコさんを布団の中に湯たんぽ代わりに押し込んだ。この犬、呼吸も苦しいかと思うが意外に嫌がらず布団の中でももぐっておとなしく寝るのである。

 で、今回はっきりわかったことは犬を抱いて寝てもちっとも暖かくない。犬の種類もあろうが短毛の中型犬では犬自体からはほとんど暖かさはこちらに伝わってこない。犬の毛皮というのは、彼らの体温を外に漏らさぬよう断熱素材になっているようで体温は高いはずなのに抱いてもほとんど暖かくない。むしろ人間が犬を抱いて温めているようなもので、予想よりちっとも良くない。期待が外れた。これなら猫のほうが暖かさでは勝る。

 今回はもう一匹ブラ彦もいたので、ならば犬を二匹横に添わせて、つまり自分が真ん中に入って川の字になれば暖かいだろうかと考えた。掛布団の上で寄り添っていたブラ彦も部屋があまりに寒いので布団に連れ込んでも嫌がらない。布団の中に入ってきた。
 しかし、やはりちっとも暖かくないのと、ベルコはブラの隣に移ってしまい、川の字に寝ていたはずが、いつしか人間が一番端になってしまい、しかも彼らは、まっすぐに1の字のようになって寝ず、数字に例えれば9の字のように丸くなっ眠るので、111ならぬ、199というようなカタチになる。
 となると、一つの布団の中で彼らが場所をかなりとるので、我が端に追いやられ、しかも掛け布団がなくなって体半分外に出て寒くてたまらなかった。とんだ誤算である。おまけに犬たちはそれぞれ布団から出たり入ったり大人しく長くじっと寝ていないから眠りも浅く寒さもあって犬を抱いて眠ることの愚を思い知った。もう二度と部屋にも上げない。

 まあ本当に雪の穴の中で、暖かいものは犬だけならば暖房代わりに少しはなるのかもしれないが、布団の中に犬を入れて抱いてもちっとも暖かくなんてないことを思い知った。ならば昔のマタギの話も話半分に理解することにした。

 動物の被毛とはそもそも個体の体温を守る維持するためのもので、発散させるためのものではない。いくら体温が人より高くても抱いても暖かくなく逆にひんやりしている。よく映画や漫画にあるように被毛のない人間同士なら裸で抱き合えばきっと暖かいのかもしれないが、残念なことに我にはその実験する相手もいないのであった。男同士なら御免蒙る。
 バカなことをしてバカなことを書いたこと後悔している。

今晩は河辺で「月刊 中川五郎」11月号2014年11月16日 17時10分21秒

★残すは今日を入れて年内あと二回となりました。

当たり前のことが当たり前であるように2014年11月17日 22時09分03秒

★沖縄の人たちの勇気ある意思に共感した          アクセスランキング: 74位

 沖縄知事選の結果が出た。当然こうなるであろうと期待もしたし沖縄県民の良識を信じていたが、まさに圧勝であった。
 投票所の投票時間が終わった途端、当確の報が流れたときく。河辺でのライブハウスに自分はいたのだが、誰かが携帯でそれを確認したらしく、ライブの合間にその嬉しい知らせは出演者たちにも即流れた。

 この世には、長いものには巻かれろ、という言葉がある。昔から泣く子と地頭には勝てないという諺もある。つまり力ある者にはかなわないから従うしかないという教えなのだろう。いかにも声を上げない日本人らしい。
 社会の中で生きること、大人になるということはそうした、理不尽であっても、納得しないことでも受け入れていくこととある意味同じなのかと思える。

 沖縄にはたくさんの米軍基地があり、住宅地のど真ん中に危険な飛行場がある。米軍機の墜落事故のことを考えると、どこかに一日も早く移設して基地をなくしてほしいと周辺の住民のみならず誰もが望んでいる。
 そしてそれを先の民主党政権は、最低でも県外へと公約していた。脱ダム宣言もだが多くの国民は自民党とは違う民主党に期待し投票した。しかし政権を託したのにそれは何もかなえられず自滅し、再び政権に返り咲いた自民党は、沖縄のまた別な場所に、しかも美しい辺野古のサンゴの海にまた新たに基地を作ることで解決しようとした。

 だがそれで嘉手納の基地はなくなったとしても沖縄に基地があること、米軍基地が固定化することは何一つ変わらない。仲井真前知事は、当初は新基地反対を表明していたはずなのに、満額の復興予算と引き換えに、変節し埋め立てを承認した。つまり金と引き換えに、辺野古を海を売ったのだ。
 今回の沖縄知事選は、そうした「長いものに巻かれる」べきかが問われたと言えよう。そして多くの県民の出した答えは、NO!であり、そのような姑息なやり方と金では沖縄に米軍基地がある過大な負担という根本問題は解決しない、絶対受け入れ難いとはっきり意思を示したのだ。

 一部の新聞ではこれでは危険な嘉手納基地が恒久化すると嘆く論調があったが、そもそも米軍基地そのもの、それ自体が危険なのである。墜落の危険性が高いオスプレイが配備されてなおさらのこと。この恒久平和と不戦を誓う平和憲法を持つ日本国に、戦争のための米軍基地が全国各地あちこちにあること自体が根本的に異常な事態なのであり、敗戦後の占領下のような状態が戦後70年も続いていることが誤りなのだと沖縄県民のみならず日本人は気づくべきではないのか。

 沖縄に過大な基地負担を積年押し付けてきた、とマスコミは言い、その結果が今回の知事選だと捉える。しかし基地負担は米軍横田基地、厚木基地、その他、米軍基地を抱えている自治体はどこも同様なのである。
 我が家の頭の上をときに昼夜問わず米軍機が飛び交う。騒音被害と墜落の恐怖に怯えながら日々の生活を送る人たちが実は全国に存在している。今一度沖縄県民ではないが、日本人全員に問いたい。今の日本に米軍基地は本当に必要なのか。貴方は基地があることを求めますか。肯定しますかと。そしてその基地の周辺に住みたいですかと。
 
 日本全土に米軍基地がどこにも存在しない、真の独立国家日本というあり方も検討すべきではないのか。それともこの国は未来永劫、アメリカさんに自国の土地を切り開いて、彼らに思いやり予算を払って日本に駐屯して頂きたいのか。日本に米軍基地がなくなるとすぐに他国、某近隣諸国が攻め来て、この国は占領されてしまうのであろうか。
 いったいいつまで安保条約という軛にこの国はがんじがらめに縛られなくてはならないのか。嘉手納の問題も基地に苦しむ沖縄全土の問題もここ横田もすべては日米安全保障条約という古証文があるからいけないのである。そしてそれを交わしたのが、安倍首相の祖父であることも忘れてはならない。

 独立国家日本に米軍の基地なんてどこにも本当は必要ではない。それは沖縄県民のみならず基地に苦しむ多くの人たちの願いなのである。当たり前のことを当たり前にと願い、その意思をはっきりと示していく。沖縄の人たちの勇気に大きな力をもらった。

景気減速局面の総選挙~まだアベノミクスに騙され続けますか2014年11月18日 22時44分35秒

★自公政権存続は国民にとって自殺行為           アクセスランキング: 87位

 景気はちっとも良くならないどころかさらに悪化している。消費税を上げる前だって、所得は減少し続け生活は苦しかったのだ。そこに消費税を3%上げた。
 しかもそれは多くの店が、実質3%だけ上げたのではなく、それまで内税、コミコミでやってたところに、一気に8%を新たに、売値とは別に課税したものだから消費者にとっては3%だけの負担ではなく、千円の買い物に新たに80円を常に支払うはめとなってしまったのだ。これはとても家計に痛い。
 政府は消費税について使い道などあちこちで広報しまくったが、そうした宣伝費にかける金があるなら便乗値上げをして私腹を肥やした悪質な販売店を摘発すべきであった。しかし業者の反発を恐れて見て見ぬふりをしたのであろう。

 こうして増税すれば景気は悪くなることは誰だってわかっていた。たかが3%だなんて言ってたが、今回は実質3%ではなかったのである。
先にも消費税を上げたときも以後長きに渡り日本の景気は低迷したではなかったか。
 そしてさすがに安倍首相も、この現況下に、さらに2%を先の民主党らとの合意通りに増税してしまえば、予定通りならばその後に控える総選挙では国民から総スカンを食らいまた政権を失うと考えた。で、小泉元首相の郵政解散よろしく倣って、株価はこんなに上がったと成果を引っ提げ、今ここで改革アベノミクスが頓挫して良いのですか、と訴えまたさらに信任願おうと考えたのだ。まあ、実に党利党略とはいえ頭が良いと感心もする。

 だが、もうお手並み拝見とは言わない。いくら様々な異次元の金融緩和政策を繰り広げようと、GDPは二期連続マイナスとなって、この国の景気は内外に減速していることが露呈してしまった。海外の投資家たちもこりゃヤバいと逃げ出すだろうし、日本経済は信頼を失っていく。国民の所得が、物価上昇以上に、つまり実質賃金が増えない限り誰も金は使わない。モノは買わない。モノは売れなくなる。
 アベノミクスは昔ながらの公共投資と潤沢に市場に金を供給すれば景気回復すると浅はかにも考えたが、根底が間違っている。デフレ脱却のため物価を上げようなんて大きな間違い。すべきは増税ではなく、まず国保税など減税し、国民の所得を増やさない限り人は金使わないから景気が回復するはずがないではないか。

 円安株高で大企業が儲かれば、その剰余で下々、庶民まで金が回るなんて古典的経済学だってバカな話だと嗤いとばす。企業とは常に自己資本と株主のことしか頭にない。自社員にだってできるだけ金を支払いたくないのが企業なのだ。だから廃案になったが、派遣労働者をもっと増やして恒久的にハケン社員だけで安く雇って労働者は使い捨てにしていこうと考えたではないか。

 そもそもが自民党、昔から財界の御用聞きの政党なのだ。大企業からたっぷり献金をもらい彼らの意に沿った政策をやっていくのが自民党でありそれは戦後何十年たとうと根本のところは変わらない。消費税再増税は延期するとしても庶民にはさらなる増税、大企業には法人税率を下げると約束している。
 民主党がダメだったからとそんな金権政党にこの国の政治を再び託すからこんな悲惨な事態に陥ったのだ。そして国民が望まぬ危険な悪法をろくに審議もせず次々と数の力で成立させてしまった。
 国民の自由と知る権利を奪い、再び戦争へと駆り立てる自公政権に今度こそ審判と鉄槌を下すときがついに来たのである。

 これでもまた自公政権が続くようであれば、まさに日本は、日本人は自殺行為を選択したと断言する。不況下で時の権力者が自らの延命のために選ぶのは常に敵国との「戦争」なのである。歴史は常に繰り返す。

さあ、総選挙、安倍から日本を取り戻せ2014年11月22日 22時50分54秒

★戦後70年の日本の舵取りを誰に委ねるか ~善良な市民よ民意を示そう アクセスランキング: 92位

 いよいよ解散、総選挙である。一昨年の今頃も突然の解散で、師走の大忙しの中、結果として自公が大勝し政権奪還となった。
 そして今も支持率に陰りは見えてきたとはいえ、衆参で盤石な絶対安定多数を誇る彼らが今ここで解散する理由は何も見当たらない。つまり政治的にはその必然性は何もないということだ。

 安倍首相は、会見の場で、今回は「アベノミクス解散」、これからも自らの名を冠した経済政策を進めていくための信任を問うと語ったが、選挙の争点はむろんのことそれ一つではない。
 現実のはなし、アベノミクスによる株高や円安で恩恵を被ったごく一部の富裕層の方は今後も大いにこの政権を支持し評価することであろう。首相は、この二年間の実績を胸張って自慢し、民主党政権時に比べて確実に景気は回復してきたと言い放っていた。
 今はまだその道半ばして、下々の庶民まではその波及効果は及んでいないが、他に代案もないのであらば、やはり今後も彼ら自公政権に政治を任せるしかないだろうと、よってその信任のための選挙だと言いたいようだ。ならばあと任期いっぱい続けてその時点で「結果」を問えば良いはずだし、増税延期にしたことについて信を問うとしても次回の増税時には景気判断条項はなくして確実にどんな経済状況でも消費税は増税すると決めたのならそれもまたおかしい。
 先にも書いたが、ようするに他の野党が油断して足並みそろわぬうち、アベノミクスの賞味期限が切れて皆が見切るつける前に、今なら選挙に勝ててさらに政権維持可能と踏んでの賭け、ギャンブルに出たのである。国営カジノも目論む彼らとしてはその読みは正しいのであろう。

 今回の選挙の争点は、アベノミクスの是非、その信任ではない。菅官房長官に至っては、原発も憲法、安全保障も争点にはならないと言い切ったが、この男、先の沖縄知事選の結果を受けても、「今後も変わりなく粛々と普天間移設を進めていく」、と明言したぐらいの常に民意を無視してきたわけで、ならば沖縄県民に倣い我々も「民意」を今こそ示さねばならない。

 来年はあの悲惨な太平洋戦争、ウチの親たちが言うところの大東亜戦争が終わって70年の節目となる。
 この日本という国は、そのときどき、主に自民党中心に様々な政権とその時の首相が国政を、日本の進む道を作ってきた。基本常に右寄り、アメリカ寄りの舵取りではあったが、船に例えれば、日本国憲法という重し、いや、重りが積んであったので、米国からの要請で右へ針路をと、右側に行きそうになる都度、そのアンカーが歯止めとなってそちら側には進めなかった。まあ、国家における憲法とは列車などの自動制御装置といっても良い。ゆえに朝鮮動乱でもベトナム戦争でもイラクでも日本人は一人も戦争で死なないで済んだ。自衛隊は誰も他国人を殺さなかった。

 しかし、今の安倍政権は、その装置、重しであった「憲法」を彼らの解釈によって勝手に変更、つまり外してしまったのである。それによって今この国は、進路を一気に右方向へと急旋回し始めている。
 その右側、進む先には何があるのかというと、米国ら同盟国と一体になって海外での戦争参加であり、有事の際の前線基地としての日本本土の役割であり、やがては徴兵制であり、戦争により解決をはかる積極的平和主義なのである。

 アベノミクスという詐欺経済政策に騙され、その一点のみでまあ、もう少し彼らに政治を任せてみようかと考え投票してしまえば、日本丸の艦長、安倍晋三はにんまりと、さらに右へと舵を大きく切っていく。副艦長であった軍事オタク石破氏が大好きな戦争が現実化していく。

 また、原発企業から多額の献金を受けて、また全国各地で原発再稼働が始まれば、世界有数の火山と地震大国、そもそも様々なプレートがぶつかりあって成立している日本列島中がフクシマ第二のようになる。地方創世の掛け声の下に、また原発稼働によって地方に金を落とし町起こしをしていくなんて60年代的発想でしかない。札束を積まれて金に目が眩む人たちはごく一部の地元民だ。万が一が起きたとき失うものの大きさはフクシマから学んだのではないのか。
 
 目先の景気、アベノミクスという見かけ倒しの擬似餌につられてまたしても自公政権を選んでしまえば、間違いなく日本と日本人は再び戦火へ、さらには原発事故へと見舞われよう。
 戦後70年の日本の新たな舵取りは安倍に任せてならない。今ならまだ間に合う。これが最後のチャンスなのだ。民意を沖縄の人々に倣って今こそ示そう!!

有馬敲の詩とうたの世界 本番まで一週間となりました。2014年11月23日 01時27分15秒

★まだ残席いくらかあります。ご予約お早目に        アクセスランキング: 96位

☆詩人有馬敲(ありまたかし)の詩とうたの世界
~ポエトリーリーディングとフォークソングライブの夕べ

京都より詩人有馬敲を招いて、彼を敬愛するフォークシンガーたちと
詩朗読とフォークソングがコラボレーションする夢の一夜

出演 有馬敲/ありまたかし 詩朗読
   中川五郎 うた ギター ギターバンジョー
   岡大介  演歌師 かんから三線
   みほこん バイオリン弾き語り
   藤しんいちろう うたとギター
   真黒毛ぼっくす 楽団 他
   館野公一 マンドリンとうた

 司会 三留まゆみ 映画イラストライター

前売:3,000円 当日:3,500円 
開場:PM4:30 開演:PM5:00 終演PM8:00予定

予約・問い合わせ先:090-8175-8479(マスダ)  メールでの申し込みは当ブログのコメント欄まで。※非表示で確認のうえ返信いたしますのでご安心ください。