真の思いを熱く正直に、あるがままに2015年02月08日 22時11分32秒

★文章もうたも同じだと気づいた         アクセスランキング: 156 位

 ついあれこれ考える。結果、ますますひどい出来となる。
 運動会などで、スキップを皆でするとする。意識しないときは不器用だが、何とかできている。が、人前で、それも運動会という皆が見ている場だと意識すると手足が強張って、できていたスキップが急にできなくなる。
 本の発送にあたり、送り状に自筆で一筆書く。下手な字でもまあそれなりに満足いくようにふだんなら書ける。が、相手に送るからには綺麗に読めるように書こうと意識すると字は形が崩れいつもよりもっと下手に、書くほどに下手になっていく。

 緊張するからだろうか。いや、うまくやろうとかその行為をことさらに意識した瞬間に、固くなるのか、必ずダメになる。失敗する。うただってそうだ。人前だと必ずギターは間違え歌詞は出てこない。なぜだろうか。

 先に書いたように、今とある原稿依頼を抱えていて、先ほど何とか相手方にメールに添付して送った。満足のいく出来ではない。
 いや、そもそも書いた者とてしてそれが良い出来なのか不出来なのかすら判断できない。料理の味が食べてもわからない味覚障害という病気があるそうだが、それに近い感じ。昨年の秋からずっとそうで、それは音楽でも同じで困っている。

 むろん他人のうたや演奏にはビビットに聴き分けられるし好悪などの判断の感情もわく。が、自分がそこに少しでも介在してしまうと、まったく判断できない。良いのか、悪いのか、面白いのかわからない。いや、否定的にはいくらでもなれる。悪いところはいくらでも気づく。だが、それは正しい評価なのかそれがわからない。

 たぶんあまりにいっぺんに我と我のしでかした失態にご批判と叱責が集中したからだと思う。ショックで主観と客観の境界が崩れて防衛本能的に、自分に関する「評価」を自らは下せなくなったのではないか。
 自信喪失というのとはちょっと違う気がする。それまでは根拠はないけれど、自分なりにバカボンのパパ的に「自信」はあった。これでいいのだ、と常に思っていた。それが、味覚を感じないように、良いのか悪いのかわからなくなったのである。

 そんなで原稿ももう一つ何を書けば良いのか、ナニが書きたいのか自分でもうまくつかめずかなり苦労した。書き出せばブログと同じくつらつらだらだらといくらでも書いてしまう。が、冗漫冗長に長くなるだけで、どうにもまとまらない。
 けっきょく、拙宅に泊まりに来てくれた旧友らにもアドバイス頂き、分量もオーバーしたが何とか書き上げた。しかしそれが面白いのかその出来はどうか満足いく以前に感覚障害の今は自分では何もわからない。

 不思議なことに書き上げて送ってから突然、こう書けば良いとか、こう書きたかったと水が湧き上がるように、新たな「書く気」が湧いてきた。久々に原稿を書くという行為に頭を使い、刺激を受け、ようやく本スイッチが入った気がするし、書き上げたことで気が緩みプレッシャーが失せたことも大きいかと思う。
 運動会本番のスキップのように、やはり意識して固くなっていたのだと今はっきりわかる。本番が終わったので、緊張がとれてフツーにスキップできるようになったのだ。
 その原稿が使って(掲載して)頂けるのかわからない。しかし、今はダメ出しもらえれば時間さえ許せば何度でも書き直すし、もう少しは良く書き直せる自信もあるし、1からでも改めて書きたいとさえ思う。
 
 真に書きたいこと、それは要するに「本当に大事なこと」「本当につたえたい思い」ということなのだけれど、もっと真剣に熱く、とことん自由に、思い通り書かねばならないという気になったからだ。
 文体や誰に向けて、とかは関係ない。うただって何だって、本当に伝えたいこと、その思いあらば、ただそれをあるがままに表現できれば良いのではないのか。
 ついあれこれ考えて構えて言葉を選び呻吟して推敲して、そうこうしてるうちに「思い」はするっと手のうちから落ち、後には躯体のようなものだけは残る。覗き込んでみると中は空っぽである。

 本当に大事なものはごくシンプルなもので、何の味付けもいらない。ただそれをうまく捕らえて、ぽん、と猟師が狩りの獲物を土間に投げ出すように読み手や聴き手に投げ出せばよい。
 だがそれが難しい。しかしそれこそが正しい姿だと今はわかる。拙く不器用でもそれが芸術であり、ひとそれぞれ違うが到達点は違わない。絵ならともかく描き続けるしかない。
 そんなことを先日読んだ漫画から教わった気がする。後でそのことについてもふれておく。

 もし思いあらば、何も構えず正直に、自然体で、だが、熱く全力で、とことん自由に、その思いを表現するため書いて、うたって、本気で生きていきたい。そうすべきだったんだとようやくはっきりわかった。
 今さら遅いですか。いや、すべてはこれからだ。