「世界」とどう繋がっていくか・前 ― 2015年02月10日 19時18分57秒
★マス坊、ついにスマホ買いました! アクセスランキング: 200位
昨年から思うところあって、今年は、今の人たちみんなが持ち歩いている携帯端末が自分も欲しくなった。で、頼んでいたスマートフォンが先日届いた。まだ全然使いこなせていないし、果たして使えるようになるのか甚だ心許ないが、それでもウレシイ。
スイッチ入れて、皆さんと同じように指で画面を撫ぜて切り替わるだけでも繰り返してはカンドー的に面白がっている。これでようやく21世紀の現代人の仲間入りしたのではないか。まあ、持っているだけでは猿のままであるが。
それにしてもこうした端末、まったく関心もなかったので機種も種類もまったくちんぷんかんぷんで、格安スマホを(スマートフォンなら略すとスマフォが正しいのではないのか?)を申し込んで届いてからそれがandroidのタイプだとわかった。それからカンタン解説本をネットで取り寄せて勉強しつつある。
今までは、携帯電話だけあれば十分だと考えていたし、パソコンは家に何台も新旧含めて持っているので、こうしたブログも古本稼業も家でじっくり腰据えてそれでやれば良いと考えていた。じっさいもう何年もそうしてきた。
携帯電話は電話での通話だけと決めて、先にも書いたが、メール送信機能さえ付けなかったし、中にはCメールでショートメールを送ってくる方もいたけれど、確認はできてもこちらから返信したこともそのやり方も正直なところわからないでいた。
ただ、昨年の秋口からイベントなどで出掛けることが多くなると当然、携帯電話を多用する。それである月は請求が一万五千円にもなって、通話しかしていないのに、とさすがにバカらしくなった。そのことは先に書いたっけ。
それと並行して、山梨の古民家に行っていると、そこはネット環境にない以前に、テレビもないし、ラジオもなぜかFMで地元のコミュニティ局のしか入らない。
当初は、そうした情報から隔絶された場だからこそ心煩わされず、のんびり出来、心地静かに我が思いにふけり我がことに専念できると、それは良いことだと思っていた。
が、先のイスラム国日本人人質事件をはじめ慌ただしく動いている世界情勢を前に、一切直近の情報が入らない、わからないのは困るではないかと思えてきた。また、メールでの連絡も本の注文も含めて、ウチに帰らないと確認できないのも問題だと気づき始めた。
まあ、山梨に行ってもせいぜい一泊二日程度のことだから、緊急を要するような連絡はまずありえない。しかし、帰ってからパソコン開いて慌てて届いていた注文の本を発送したりするのは慌ただしいし、やはり最低でもその日のメールはその日のうちにチェックしないのは何か落ち着かない。
世捨て人や半リタイアした人生ならば、そうしたスタンスでかまわない。でも今はもっと真剣に必死に、あれこれもがいて仕事みつけて金を稼がないとならない。それは先日来られた友人からも進言受けた。
となると、どこにいようと情報とは常に結びついて、アクセスできたほうが良いし、せめてまずはどこでも常にメールは確認できないとならないのではないか。
ブログだって、今は出かけてしまうとその間は、更新できず「休止」中となってしまう。長期の旅行は帰ってから後になって慌てて書き足し報告していた。しかしスマホのようなネットにアクセスできる携帯型端末を持てば、現地から、旅先であろとたぶん画像付でも更新できるのではないか。
このところいつの間にかそうした思いが強くなってきていて、あるとき今利用している朝日ネットからの広告で、格安スマホが宣伝されたので、あまり深く考えず、ろくに他と検討もせずにすぐに申し込んでしまったのである。
そうした顛末と使ってみて考えたことなどを何回かに分けて書いていきたい。
昨年から思うところあって、今年は、今の人たちみんなが持ち歩いている携帯端末が自分も欲しくなった。で、頼んでいたスマートフォンが先日届いた。まだ全然使いこなせていないし、果たして使えるようになるのか甚だ心許ないが、それでもウレシイ。
スイッチ入れて、皆さんと同じように指で画面を撫ぜて切り替わるだけでも繰り返してはカンドー的に面白がっている。これでようやく21世紀の現代人の仲間入りしたのではないか。まあ、持っているだけでは猿のままであるが。
それにしてもこうした端末、まったく関心もなかったので機種も種類もまったくちんぷんかんぷんで、格安スマホを(スマートフォンなら略すとスマフォが正しいのではないのか?)を申し込んで届いてからそれがandroidのタイプだとわかった。それからカンタン解説本をネットで取り寄せて勉強しつつある。
今までは、携帯電話だけあれば十分だと考えていたし、パソコンは家に何台も新旧含めて持っているので、こうしたブログも古本稼業も家でじっくり腰据えてそれでやれば良いと考えていた。じっさいもう何年もそうしてきた。
携帯電話は電話での通話だけと決めて、先にも書いたが、メール送信機能さえ付けなかったし、中にはCメールでショートメールを送ってくる方もいたけれど、確認はできてもこちらから返信したこともそのやり方も正直なところわからないでいた。
ただ、昨年の秋口からイベントなどで出掛けることが多くなると当然、携帯電話を多用する。それである月は請求が一万五千円にもなって、通話しかしていないのに、とさすがにバカらしくなった。そのことは先に書いたっけ。
それと並行して、山梨の古民家に行っていると、そこはネット環境にない以前に、テレビもないし、ラジオもなぜかFMで地元のコミュニティ局のしか入らない。
当初は、そうした情報から隔絶された場だからこそ心煩わされず、のんびり出来、心地静かに我が思いにふけり我がことに専念できると、それは良いことだと思っていた。
が、先のイスラム国日本人人質事件をはじめ慌ただしく動いている世界情勢を前に、一切直近の情報が入らない、わからないのは困るではないかと思えてきた。また、メールでの連絡も本の注文も含めて、ウチに帰らないと確認できないのも問題だと気づき始めた。
まあ、山梨に行ってもせいぜい一泊二日程度のことだから、緊急を要するような連絡はまずありえない。しかし、帰ってからパソコン開いて慌てて届いていた注文の本を発送したりするのは慌ただしいし、やはり最低でもその日のメールはその日のうちにチェックしないのは何か落ち着かない。
世捨て人や半リタイアした人生ならば、そうしたスタンスでかまわない。でも今はもっと真剣に必死に、あれこれもがいて仕事みつけて金を稼がないとならない。それは先日来られた友人からも進言受けた。
となると、どこにいようと情報とは常に結びついて、アクセスできたほうが良いし、せめてまずはどこでも常にメールは確認できないとならないのではないか。
ブログだって、今は出かけてしまうとその間は、更新できず「休止」中となってしまう。長期の旅行は帰ってから後になって慌てて書き足し報告していた。しかしスマホのようなネットにアクセスできる携帯型端末を持てば、現地から、旅先であろとたぶん画像付でも更新できるのではないか。
このところいつの間にかそうした思いが強くなってきていて、あるとき今利用している朝日ネットからの広告で、格安スマホが宣伝されたので、あまり深く考えず、ろくに他と検討もせずにすぐに申し込んでしまったのである。
そうした顛末と使ってみて考えたことなどを何回かに分けて書いていきたい。
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