もう大丈夫です。長い間ご心配おかけしました。2016年11月30日 05時47分30秒

★母は我が内で生きていると。

 今月11月も終わる。9月8日に母が死んでから間もなく三か月。ずっとご心配おかけしてきたが、ようやく心の傷は癒えたと思えてきた。もう大丈夫だとはっきり思える。

 今、明け方六時前。東の空はようやく白みだして来た。つい今さっき見た夢の中に母が出て来た。それは母が棺の中から生き返って来る夢だった。
 葬儀会場ではない、どこだかわからないやや広いところで、死んで棺に納められた母の遺体にたくさんの母の友人たち、女のひとが寄り添いすがって泣いていた。
 見ていたら、死んでいるはずの母の目から涙が出て来たかと思うとしだいに体が動き出して、皆はびっくりして大騒ぎとなる。夢の中でも死んでずいぶん経っていると思えるのにいきなり立ち上がったかと思うと、友人の一人を追いかけて、驚いたその人が逃げ回るのを母が生きていた頃とは比べ物にならないスピードで走って捕まえようとしている。
 その場の騒動に我も驚き、半信半疑で、母を取り押さえて問いた。「ばあさん、生きているのか!」と。すると母は、元気にはっきりと、「生きているよ!」と答えた。そこでようやく喜びが沸き上がってきて、生き返った、ああ良かった!と思った。そこで夢は突然終わってしまった。

 「現実」に戻りつつ~夢から醒めながら、でも母は生き返ってももはや身体がないことに思い至った。もう焼かれて骨になってしまったのだ。そして今のは「夢」だったんだとはっきりわかった。
 でも泣きはしなかった。以前なら布団の中で「現実」に打ちのめされて、何十分も枕を濡らしていたことだろう。そして時計を見たら、午前五時半頃で、今見た夢についてしばらく考えた。
 そして起きだして、このブログを書き記している。
 母が死んでから初めて夢の中に母が出て来た。夢らしい夢をのんびり見ることも少なかったが、夢の中にはどこにも母はいなく、母の夢は一度も見なかった。
 夢の中で生き返った母が言った言葉、「生きているよ!」という力強い声が今もはっきり残っている。久しぶりに母の声を聞いた。

 母は死んだ。もう現実の世界にはとごにもない。昨日も母と親しかった人から電話がかかってきて、その後そちらはどうしてるかと問われたが、以前なら母の事を語ればすぐ泣いてしまったはずの我ももう泣くことはなかった。
 ヘンな夢を見た。でも母は、夢の中で生き返って、我に生きていることを告げてくれた。今また実は少し泣きつつこれを書きながら、そう、母は生きている、我が内で、はっきりといつまでも生きていることを「認識」している。
 これからも体調悪い時や、何かショックな出来事に遭えば我はまた弱気になろう。人生に意味を失い自暴自棄的にもなるかもしれない。
 しかし、もう心は定まった。モヤモヤしていた頭もすっきりしてきた。母は死んだという現実を受け止められる。そのうえでしっかり生きて行こうと思う。母は死んだが、我の内に常に生きている。きっとこれからも夢の中に出てきて我を励まし見守ってくれることだろう。母は我が内で生きている。ならばもう大丈夫だ。我も生きなければならない。

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