早や一月も終わりに来て2016年01月29日 21時28分42秒

★近況手短に、母のことなどから      アクセスランキング: 135位

 外は冷たい雨が音立てて降り続いている。まだ雪には変わっていないが、ここ多摩地区は山沿いなのでたぶん明日朝までには雪となりまたもや一面の銀世界を迎えることになるかと思う。憂鬱である。前回、18日の雪もまだ日陰では残っている。それがようやく消え始めたところにまた積もるほどの雪となると後始末にさらにまた追われてしまう。雪は嫌いでないが、今はもう御免被るという気持ちでいる。

 年が改まり1月も気がつけばもう終わりとなっている。何か出遅れたというのか、いろいろあって慌ただしくしているうちにあっという間に今月も一月過ぎてしまった感がある。情けないし困った事態だが仕方ない。

 私的なことをどこまで当ブログで書き記すべきか迷うところだが、今まで書いて来た経緯もあり関連したことなので書くことにする。
 まず母のことだが、一昨日のこと今週水曜に、抗癌剤投与後初の血液検査を行い、白血球の数値を調べた。通常ならちょうど一週間後あたりから副作用で白血球がかなり減っているはずなのだ。

 が、今回はその変化は認められずほとんど減ってもいなかった。そのとき担当医から知らされたのだが、実は今回は第一回目の抗癌剤ということもあって、通常の六割がたの量しか用いなかったとのことで、ゆえにいつもの減少がなかったのかと思われると。
 まあ、母は高齢だし、いきなり最初から一般量を入れると怖いという気持ちからそうなったのかと思うが、逆にそれではあまり抗癌剤の効果はないような気もしている。素人考えでどうのこうの口出しはできないが、白血球の減少がなかったことは良いことなのか逆に効いていない証なのか何ともわからない。
 
 そして、その日も病院では、特に副作用など体調の変化や風もひいていないと医師に答えたばかりだったのに、あろうことか、夕方になって母は発熱があり、夜は39度近くにもなってしまった。
 そのまま熱が下がらなければその立川の病院に急患扱いで行こうかと考えたが、幸い手元のPLという風邪薬で熱も下がってきたので様子見となった。
 翌朝は37度台になったので、このまま安静にしていれば治るかと思っていたら、午後からまた夕方になると38度台に上がったり、遅い晩飯をたべさせたとき測ると37度になったりと乱高下しているが、まあ回復してきたかと昨晩は思ってほっとした。

 今朝はもういつもの平熱に下がったので、迷ったが、母はいつも週に三回やっている丸山ワクチンの注射投与に病院から来る迎えの車で一人で出かけた。
 が、戻ってきて午後からまた微熱が出てきてしまい、今日もまた一日ベッドに寝かせていたが、けっきょく晩飯の後に熱を測ったら38度半ばにまた上がってしまい、今さっき解熱剤を呑ませてともかく早く寝かせた。
 一昨日の発熱以来、それが風邪なのか抗癌剤の副作用なのかはっきりしないが、熱は下がったかと思うとまた上がることの繰り返しで、やはり白血球が下がって来たのか、抵抗力が弱くなっているのかと案じている。このままこんな状態ならば明日は土曜日だが、午前から我が車で病院に連れて行き診断を受けようと考えている。
 何か変化など起きたらまた当ブログで報告したい。まあ、たぶんもう数日すれば母の今回の不調も治るかと願うのだが。

 思うに今週は職人が来て、庭木の手入れで母もずっと応対に出たりして忙しかった。彼ら相手に寒い庭先で指示出したり話したりとかなり体力的に無理してしまった。そうした疲れが伐採作業が終わるのと共に一気に噴出したのかもしれない。
 抗癌剤をやった後だったのだから白血球の数に関わらずとも本当は一切無理してはならなかったのだ。まして今週は猛烈な寒波が来てこの冬一番冷え込んだ。そんなとき庭先に出てうろうろしてたから風邪なのかわからないが体調崩したのだ。改めて毎度のことながら親子ともどもウカツでバカだったなあと思うが今悔やんでも仕方ない。

 その他、そこに輪をかけて面倒なこと、葬式も近親内に起きたりもして(遠路に加えて老親のこともあり参列せずに了としてもらったが)庭木の剪定や伐採作業に数日時間とられたことに母の体調のことも加えて、時間とられて何一つ我がこと、やるべきことは何もできなかった。
 そんなこんなであたふた看病と雑事応対に追われているうちに一月も終わってしまう。それもこれも時間がなく体は一つだから仕方ないと思うから焦りはしないが、関係している方々をまたもお待たせするばかりとなって心苦しいばかりだ。申し訳なく思う。

 雑事に追われて気がつけばあっと言う間に一月が終わってしまう。我がことは何も進められなかった。が、幸いかけこみ亭でのコンサート企画は2月、3月と日程だけは決められた。あとはそれの宣伝も含めた準備である。もたもたしていると2月も3月も今月のようにすぐに終わりとなる。
 一月遅れであるが、今さらながら今年も出直し気分でがんばりたい。旧暦で新年を迎えたと考えてここからスタートとしたい。

けっきょく母は入院させて2016年01月30日 23時52分33秒

★後ほど詳しく報告しますが・・・          アクセスランキング: 138位

 手短に記します。
 母の熱が相変わらず下がらないので、午前から近くの病院に行き、血液採って数値を調べたら白血球の減少がかなり判明した。
 で、そのまま立川のかかりつけ病院へ行き、幸いにして担当医も土曜日たが出ていたので、その判断で即入院となった。
 今点滴で抗生剤を入れてまず熱下げてという段階で、熱の原因は定かでないが、当人は意識はしっかりしているし食事も自ら摂れているのでさほど心配しなくとも大丈夫かと思う。この数日そんな感じで様子見となった。
 今抵抗力も弱っているので、ウチにいるより病院の中のほうが逆に不測の事態にも対応できるわけでそれも良かったかと思う。
 また明日報告したい。私事だが書いて来た経緯もあり、まず喫緊のことから書かないと他のこともブログもあたらに書けないのでご理解頂きたい。

中川五郎ソロライブat.久米川・夜桜2016年01月31日 23時15分08秒

★五郎さん          ランキング

破滅への道を皆が進んでいく2016年01月31日 23時45分24秒

★甘利氏の大臣辞職で安倍内閣の支持率が上がったことを知って歌う。

破滅への道を皆が進んでいく
だからこそその旗振り役にはなりたくない。
我もまたその流れの中に身を置いたとしても
願わくば、おい、ちょっと待て、もっと良く考えろ
これ以上この道を進むのは危険だぞと叫びたい。

だが、皆誰もがそんな叫びには耳を貸さず
破滅の兆しがそこかしこに見えているのに
黙々と何も気づかず何も考えず皆で
破滅への道をひたすら進んでいく。

それこそが人間の歴史であり、すべては
過去起きたこととして聖書に何度も記してある。
そのときどきその流れをおし止めようと
止まれ、進むな、悔い改めよと説く者はいる。

が、人は常に耳を貸さず繰り返し破滅への道を進む。
そして破滅に遭いやっとこの道は間違っていたと気づく。
多くの命が失われ取り返しがつかない事態
破滅のただ中に来てようやく気がつく。
そしてそのときになってやっと悔い改め
もう二度と道を誤らない、繰り返さないと誓う。
しかし人も三代世代が過ぎればすぐまた忘れて
またもや同じ破滅への道を皆で歩いていく。

それが人類の歴史、人のならい。
歴史は変わり何度も歴史は繰り返す。
いつか最後の最後のときには、人間はもう誰も
残っていないことも大いにあるかもしれない。
いくらいつも寛大で寛容な神様さえも
さすがにあきれ果てさじを投げるかもしれない。

だからこそ、その破滅への道を皆が大挙して歩くとき
停止信号持つ者や止める旗を振る人がいないとならない。
群衆のその流れを止めることは容易ではない。
だが、その先に破滅があることに気づいた者は
その流れから抜け出すことができないからこそ
皆が進むその流れは危険だぞと叫ぶしかない。

人混みの喧噪の中でその叫びはかき消され
誰の耳にも届かないこともままあろう。
停止の旗を懸命にふっても、何やってんの?と
冷やかな嘲りしか返ってこないかもしれない。
でも一人でもその流れに抗う者がいるならば
群衆の流れに遅れも出て破滅へ向かう速度は
緩くなるしもしかしたら流れも止まる。

荒れ野で叫ぶ者のように、この道の先の破滅に
気づいた者たちよ、危険だと叫べ。
ただじっと黙って皆と共に破滅への道を歩むな。
自分のためだけではない。
愛する人、大事な者、かけがえのないもののために
この道の先に破滅が待っていることを大声で叫べ。