有馬敲に関する初の本格評伝本 ― 2012年01月08日 22時52分58秒
★京都発世界的詩人の生涯が詰まった一冊
さて、「師匠」話のついでに、自分にとって詩の師匠と言えば有馬敲さんである。
昨年秋に傘寿、八十歳となられたこの老詩人に対して本当は先生とお呼びすべきが礼儀だと思える。が、有馬さんはそう呼ばれるのをことのほか嫌い、ちょうど息子ほどの歳下の増坊に対しても、君付けではなく、きちんと「マスダさん」と呼んでくれる。真に偉い人は驕らず高ぶらず誰に対しても謙虚であると聞くが、門外漢の若輩者でもきちんと一個人として扱ってくれる。世の中にはエラソーな年寄りが沢山いるが、有馬さんは別格である。
見かけはお年相応に見えても頭の回転も素早く歩くのも早く、かくしゃくとしている。とてもそんな高齢だとは意識してお付き合いしたことは一度もない。その行動力も含めてある意味「怪物」的である。知る限りこんな老人は身近にいない。
ただし彼は彼自らに対してもそうであるように他者に対しても手厳しい。厳しいと言ってもいちいち叱ったり怒りはしない。だらしのない、約束を守らない者に対しては相手にしないし関わらなくなっていく。全てにユルく、だらしなさが服着て歩いているような増坊が彼と知り合えたのはある意味奇跡かと思える。むろん、いつだってこれでも緊張感を持ってお付き合いをしているのであるが。
前置きが長くなったが、そんな有馬さんの本格的評伝本が昨年秋に出た。書かれたのは田中モジローさん。かつて京都在住で、有馬さんとは若い頃からお付き合いある方で、いわば増坊にとっては兄弟子に当る。彼とは昨年、詩誌「詩人会議」の評論部門新人賞授賞式で有馬さんを通して知り合った。現在は三重県津市にお住まいで、以後大変親しくお付き合い頂いている。彼も昔からのフォークソングファンであり、同じ思いを共有する同好の士だと思っている。
さて、この本について紹介するからにはきちんと「評論」しないとならないと思いつつもなかなか時間なくて書けなかった。よってこの本の紹介すら遅れてしまっていた。著者にも有馬さんにも本当に申し訳なく思います。今もまだきちんとそれは書けていないが、このまま徒に時間ばかり過ぎていくことは良しとすべきではない。
一言でいえば、これは有馬敲という京都在住の今も多彩な活動を続けている現役詩人のこれまでの人生を出生から現時点まで追って記録した評伝である以前に、戦後の関西のサブカルチャーについての詳細な記録でもある。日本のフォークソングの研究をライフワークとしている自分にとって教わるところ大であった。実にこと細かく調べ上げた労作である。
しかしそれ以前にもっとも面白く考えさせられることは、有馬敲という人生の長くを銀行員として仕事を持ちながら芸術活動を続けてきたサラリーマン詩人を通して「芸術とは何か、詩とは何か、人はどう生きるべきか」という普遍的なテーマが取上げられているからだ。
芸術とはパッションであり、才能の瞬間的な爆発のように思われている。ゆえに若くして破滅型天才が多々現れ、超新星の爆発的に現れては消えていくのが一般的芸術の認識であった。しかし、それとは別に、生業として別に固い仕事に携わりながらも就業後や休日に自らの芸術に真摯に向き合った芸術家たちも多くはないが存在している。森鴎外を筆頭に、新田次郎まで“日曜画家”の域を超えて素晴らしい仕事を精力的に残してきた。有馬敲もその少ない仲間の一人であり、継続こそが力であり才能であることを彼の人生と仕事は実証して来ている。
この本は一詩人の評伝以前に、詩には興味なくても芸術と人生に関心を持つ方にとって確かな指針となる。また、芸術家としてのみならず人生の成功者としての有馬敲の稀有な極めてタフな達人の生き方を学ぶためにもより多くの人に読まれるべきであろう。
これは師匠に対してのおベッかではない。本心から書いた。この本は実に面白い。よく書けている。ゲーム攻略本的に言えば、有馬敲初のオフィシャル公式評伝本がついに出たのである。ぜひぜひ多くの方々に読んでもらいたい。
※この本は現在当店ますだあーと書店でも販売中です。希望者には著者のご好意により特別定価税抜き2500円で頒布いたします。数に限りがありますのでお求めはお早めに。
さて、「師匠」話のついでに、自分にとって詩の師匠と言えば有馬敲さんである。
昨年秋に傘寿、八十歳となられたこの老詩人に対して本当は先生とお呼びすべきが礼儀だと思える。が、有馬さんはそう呼ばれるのをことのほか嫌い、ちょうど息子ほどの歳下の増坊に対しても、君付けではなく、きちんと「マスダさん」と呼んでくれる。真に偉い人は驕らず高ぶらず誰に対しても謙虚であると聞くが、門外漢の若輩者でもきちんと一個人として扱ってくれる。世の中にはエラソーな年寄りが沢山いるが、有馬さんは別格である。
見かけはお年相応に見えても頭の回転も素早く歩くのも早く、かくしゃくとしている。とてもそんな高齢だとは意識してお付き合いしたことは一度もない。その行動力も含めてある意味「怪物」的である。知る限りこんな老人は身近にいない。
ただし彼は彼自らに対してもそうであるように他者に対しても手厳しい。厳しいと言ってもいちいち叱ったり怒りはしない。だらしのない、約束を守らない者に対しては相手にしないし関わらなくなっていく。全てにユルく、だらしなさが服着て歩いているような増坊が彼と知り合えたのはある意味奇跡かと思える。むろん、いつだってこれでも緊張感を持ってお付き合いをしているのであるが。
前置きが長くなったが、そんな有馬さんの本格的評伝本が昨年秋に出た。書かれたのは田中モジローさん。かつて京都在住で、有馬さんとは若い頃からお付き合いある方で、いわば増坊にとっては兄弟子に当る。彼とは昨年、詩誌「詩人会議」の評論部門新人賞授賞式で有馬さんを通して知り合った。現在は三重県津市にお住まいで、以後大変親しくお付き合い頂いている。彼も昔からのフォークソングファンであり、同じ思いを共有する同好の士だと思っている。
さて、この本について紹介するからにはきちんと「評論」しないとならないと思いつつもなかなか時間なくて書けなかった。よってこの本の紹介すら遅れてしまっていた。著者にも有馬さんにも本当に申し訳なく思います。今もまだきちんとそれは書けていないが、このまま徒に時間ばかり過ぎていくことは良しとすべきではない。
一言でいえば、これは有馬敲という京都在住の今も多彩な活動を続けている現役詩人のこれまでの人生を出生から現時点まで追って記録した評伝である以前に、戦後の関西のサブカルチャーについての詳細な記録でもある。日本のフォークソングの研究をライフワークとしている自分にとって教わるところ大であった。実にこと細かく調べ上げた労作である。
しかしそれ以前にもっとも面白く考えさせられることは、有馬敲という人生の長くを銀行員として仕事を持ちながら芸術活動を続けてきたサラリーマン詩人を通して「芸術とは何か、詩とは何か、人はどう生きるべきか」という普遍的なテーマが取上げられているからだ。
芸術とはパッションであり、才能の瞬間的な爆発のように思われている。ゆえに若くして破滅型天才が多々現れ、超新星の爆発的に現れては消えていくのが一般的芸術の認識であった。しかし、それとは別に、生業として別に固い仕事に携わりながらも就業後や休日に自らの芸術に真摯に向き合った芸術家たちも多くはないが存在している。森鴎外を筆頭に、新田次郎まで“日曜画家”の域を超えて素晴らしい仕事を精力的に残してきた。有馬敲もその少ない仲間の一人であり、継続こそが力であり才能であることを彼の人生と仕事は実証して来ている。
この本は一詩人の評伝以前に、詩には興味なくても芸術と人生に関心を持つ方にとって確かな指針となる。また、芸術家としてのみならず人生の成功者としての有馬敲の稀有な極めてタフな達人の生き方を学ぶためにもより多くの人に読まれるべきであろう。
これは師匠に対してのおベッかではない。本心から書いた。この本は実に面白い。よく書けている。ゲーム攻略本的に言えば、有馬敲初のオフィシャル公式評伝本がついに出たのである。ぜひぜひ多くの方々に読んでもらいたい。
※この本は現在当店ますだあーと書店でも販売中です。希望者には著者のご好意により特別定価税抜き2500円で頒布いたします。数に限りがありますのでお求めはお早めに。

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