抗わずにどんなことでも受け入れていく ― 2012年01月18日 20時12分45秒
★来るものは拒まず、去るものは追わず。
今日は母を抗癌剤治療のため立川の病院に入院させた。いちおう二泊三日の予定で、三度目、今年は初めてである。おかげさまでその効果の程はじょじょに出てきているようで、再発した腫瘍そのものも小さくなってきたようだし、数値自体も下がってきている。副作用で禿げたかいがあったということだ。ただ、手放しで喜ぶのはまだ早い気がしている。
医師の話では、ともかく予定通り残り三回、4月まで半年間続けてみてまたそれからどうするか考えていくとのことだった。問題は副作用である白血球の減少で、とうぜんのこと、回を重ねるごとにさらにまた減ることは間違いない。まあそれでも無理せずに風邪などに気をつけて悪化させなければ乗り切れるかと思う。何にせよこの冬が過ぎて春が来れば一段落である。今はただ冬が過ぎて早く春の到来を待ちわびるだけである。
前回の「今年の誓い」に関連してもう少し付け加えておこう。
このところ思うことは、もう全てのこと、どんなことが起きても抗うことや拒むことはやめよう、やめるしかないということだ。当たり前のことだが、モノゴトは思い通りに進むわけないし、願い望んでもかなうはずもない。それが自分のことであるなら努力のしがいで何とかなるかもしれないが、人とのこと、他人のことだとどうすることもできない。
ならばそうしたことであれこれ思い悩むのはバカバカしいし、人には人の都合や考え、思いがあるのだからと割り切って諦めるしかない。むろん、こちらの意思はきちんと示すべきときはきちんとしていくつもりでいるが。生返事よりノーと言うべきときはきちんとさせたほうが双方のためであろう。
ただ、もう今の気持ちとしては、どんなことでも抗わずに、起きてしまったこと、その流れに対してはたんたんとともかく受け入れていこうと思っている。どんな悲惨なことでも哀しいことでも起きるには必然の理があるのだろうし、全てのことは受け入れていくしかない。抗う理由もない。自分は今までずいぶんジタバタとことにおいて抵抗してきたと思い当たる。
つまり呼ばれればどこへでも行くし何でもしていく。人が来るなら拒まない。あるがまま見せていこう。こんな人間なのだ取り繕っても仕方ない。また、縁が切れてしまう人とはそれ以上追うことはしない。連絡なければ、それもまたよし、それはそれで仕方ないということだ。来る者は拒まず、去る者は追わずとは古人の言葉だが今はまったくそのとおりだと思っている。
むろん、できることや約束したこと、すべきことはよりきちんとしていくし、誠実さはよりいっそう求めなくてはならない。ただ、そのことは他者に求めても仕方ない。まず自らがきちんきちんとしていってその上で人と何ができるのかどう関われるのかということだけが問題であろう。
まあ、人様に迷惑やご心配かけぬよう、無理せずにできることをやっていくしかない。人は自分のうたを唄っていくしかない。下手くそでも自分のうたを。それが少しでもうまく唄えるように努力していくだけだ。たとえ聴く人がいなくても。
今日は母を抗癌剤治療のため立川の病院に入院させた。いちおう二泊三日の予定で、三度目、今年は初めてである。おかげさまでその効果の程はじょじょに出てきているようで、再発した腫瘍そのものも小さくなってきたようだし、数値自体も下がってきている。副作用で禿げたかいがあったということだ。ただ、手放しで喜ぶのはまだ早い気がしている。
医師の話では、ともかく予定通り残り三回、4月まで半年間続けてみてまたそれからどうするか考えていくとのことだった。問題は副作用である白血球の減少で、とうぜんのこと、回を重ねるごとにさらにまた減ることは間違いない。まあそれでも無理せずに風邪などに気をつけて悪化させなければ乗り切れるかと思う。何にせよこの冬が過ぎて春が来れば一段落である。今はただ冬が過ぎて早く春の到来を待ちわびるだけである。
前回の「今年の誓い」に関連してもう少し付け加えておこう。
このところ思うことは、もう全てのこと、どんなことが起きても抗うことや拒むことはやめよう、やめるしかないということだ。当たり前のことだが、モノゴトは思い通りに進むわけないし、願い望んでもかなうはずもない。それが自分のことであるなら努力のしがいで何とかなるかもしれないが、人とのこと、他人のことだとどうすることもできない。
ならばそうしたことであれこれ思い悩むのはバカバカしいし、人には人の都合や考え、思いがあるのだからと割り切って諦めるしかない。むろん、こちらの意思はきちんと示すべきときはきちんとしていくつもりでいるが。生返事よりノーと言うべきときはきちんとさせたほうが双方のためであろう。
ただ、もう今の気持ちとしては、どんなことでも抗わずに、起きてしまったこと、その流れに対してはたんたんとともかく受け入れていこうと思っている。どんな悲惨なことでも哀しいことでも起きるには必然の理があるのだろうし、全てのことは受け入れていくしかない。抗う理由もない。自分は今までずいぶんジタバタとことにおいて抵抗してきたと思い当たる。
つまり呼ばれればどこへでも行くし何でもしていく。人が来るなら拒まない。あるがまま見せていこう。こんな人間なのだ取り繕っても仕方ない。また、縁が切れてしまう人とはそれ以上追うことはしない。連絡なければ、それもまたよし、それはそれで仕方ないということだ。来る者は拒まず、去る者は追わずとは古人の言葉だが今はまったくそのとおりだと思っている。
むろん、できることや約束したこと、すべきことはよりきちんとしていくし、誠実さはよりいっそう求めなくてはならない。ただ、そのことは他者に求めても仕方ない。まず自らがきちんきちんとしていってその上で人と何ができるのかどう関われるのかということだけが問題であろう。
まあ、人様に迷惑やご心配かけぬよう、無理せずにできることをやっていくしかない。人は自分のうたを唄っていくしかない。下手くそでも自分のうたを。それが少しでもうまく唄えるように努力していくだけだ。たとえ聴く人がいなくても。
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