禍福の数は皆同じ ― 2012年11月21日 18時25分01秒
★生き急ぐとは死に急ぐこと
昨日とはうって変わって今日は晴れて暖かく初夏のような陽気であった。風は冷たかったが瑞々しく素晴らしい一日だった。天気が良いとそれだけで気持ちも前向きである。
庭先のケヤキの木に上り、今さらだが散る間際の葉が付いた小枝を刈り取るように鋏でせっせっと切り落としていた。本当はもっと秋の早いうちにこの作業をやれば落葉の数は少なく晩秋の落葉掃き作業は楽になる。が、今年は夏がいつまでも長く暑い日が続いたことと忙しさにかまけてちっとも枝下ろしするヒマがなかったのだ。
うんと高所の高い枝は、体調も考えて危険だと無理せずに切らなかったが、下の方から半分ほど伸びた枝は刈り落としたのでずいぶんスッキリした。これで地面に舞い落ちる落葉の数はだいぶ軽減されるかと思う。木に登って切るのは自分、「社員」は下で落ちてくる枝を集め束ねたり袋詰めの作業を担当した。
実は今日明日と大阪から来られる敬愛する唄い手のライブがある。カレンダーには印をつけて明日はともかく今晩は出向く予定でいた。
でももう高所作業と連日の家の作業の疲れで、時間的にはいけなくはなかったが体力的にもうへろへろフラフラだったので断念してしまった。ややまだ風邪っぽいし、ウチでのライブイベントの準備に追われている今、無理すると疲れが溜まって自分の本番に支障を来たすかもしれない。御身大事、自分勝手だと言ってしまえばその通りでありでもまた仕方ないかと慰撫している。行くと約束したわけではない。でも行けば喜ばれただろうし気持ちとしては来るならぜひ行って会いたい人であった。ただ無理すればその反動は必ずくることも確かなのである。今の自分にはもう無理はできない。
最近よく思うのは、禍福、良いことも悪いことも人それぞれ起こる確率、その総量はさほど違わないのではないかということだ。中には不運続きでしかも早く亡くなってしまう人もいる。が、全体的には人の幸、不幸、運、不運もさほど違わないような気がしている。付言すればある意味、人生に損も得もないと考えるのである。
うんと何一つ不自由なく幸福な人にやがてかなり大きい不幸が来たり、うんと貧乏ばかりしていた人に晩年スポットが当たり過分な金が入ってきたりもする。最初から最後まで幸せのまま生きて死ぬ人もいないかわりに、生涯貧乏で不幸せのままという人もいないと信ずる。
何でこんなことを考えたかというと、近年の水木しげる先生のブレイクぶりを見ていてもう二十年も前に亡くなった手塚治虫のことを思い出したからだ。もう九十歳にもなられる今も元気で活躍されている水木しげるのことは誰でもご存知であろう。じっさいの話、まさか今もまだ健在で鬼太郎をはじめとした妖怪マンガで健筆をふるって人気マンガ家として一線にいるとは誰だって想像だにしなかった。
自分にとってマンガの神様手塚治虫と水木しげるは陽と陰のようなものでどちらも幼少の頃より大好きで深い影響を受けた作家であるが、そこに大きな差が世間的にはあった。むろん、水木先生も「悪魔くん」他いくつもテレビ化されて一時期は売れっ子であったが、やはり基本は漫画雑誌「ガロ」系のマイナーな漫画家であって、手塚先生のように若い頃から第一線で大活躍しずっと陽の当たってきたメジャーな人とは存在自体、格が違っていた。
ただ自分にとっては歳も近しいこの二人はまさにライバルだと思っていたしその「差」を興味深く見つめ続けてきていた。そして手塚先生は60歳で亡くなってすでに久しい。代わって彼の死と入れ替わるようにじょじょに水木先生は老いてきてからこそまた人気が高まり、妖怪で町興しのブームもあって今は夫婦元気で近年テレビドラマ化されたりと話題の真っ最中である。
ご存知のように水木先生は太平洋戦争で南の島で負傷し片腕を失い奇跡的に生還した。そして戦後も食うや食わずの辛酸をなめ、ようやく貸本漫画で糊口をしのぎやがては週刊少年誌で何本かヒットを出しようやく中堅の漫画家として知られるようになった。そして鬼太郎はアニメ化され大ヒットし妖怪ブームの高まりもあって人気作家となった。しかし一番マスコミに取上げられ売れっ子となったのは近年でありまさか晩年になってこんな人気者になるとは当人も誰も想像さえしなかったはずだろう。
手塚治虫は今だって神様として人気と大きな影響をマンガの世界に及ぼしてはいるが、残念ながらもはや過去の巨匠でしかなく、今の若い読者、マンガ家は彼の謦咳にも接したことはないはずだ。人の幸、不幸とは人それぞれ違うから一概には言えないが、水木氏と手塚氏どちらが果たして幸福だったかとよく考える。
あれほど素晴らしいヒット作を量産しまさにマンガ界のスーパースター、神様であった手塚治虫はあまりの仕事の虫であったため無理がたたり半ば過労死的に早死にしてしまった。それが彼の選んだ人生であり自業自得なのだから仕方ないと思えるが、もう少し仕事をセーブして無理さえしなければ水木しげる的人生展開も有り得たかもしれない。
大学時代の後輩に、手塚先生の仕事場に行きアシスタント的なことをやったことがある奴がいたが、そいつの話だと先生はともかく寝ないのだと言う。ほとんど眠らず次から次へと抱えた締め切りを黙々とこなしていく。その合間にもまた次作の構想を練っている。人は睡眠をとらなければ死んでしまう。けっきょく、彼は天才でありあまりに描きたいこと、意欲あるテーマが沢山わいて来る。だからのんびり眠っているヒマなどもったいない。ゆえに眠らない。そして結果として命を縮めてしまったのである。
水木先生は九死に一生を得て戦場から戻り最初から人生に諦観してしまった人だから、あくせく働くよりものんびり生きる生き方を望み尊んだ。だから仕事の総量では短い人生の手塚氏に劣るであろう。しかしこの二人の人生を今比べると二人ともけっきょく知名度から作品的評価、収入までさほど差はないのではないかと思える。
マンガを描く仕事時間もトータルでいえば同じであって、手塚先生は睡眠時間を削ってまで一生のほとんどを机に向かって過ごし若くして死んだのである。一方水木先生は昔も今も日課の昼寝は欠かさないときく。そのどちらが幸福であるかそれは誰にも判定は下せない。ただこうは思う。無理すれば無理したぶんだけそのツケは自らに返って来る。
早死にした人を後から振り返ると一つのパターンがある。それは実に精力的に感心するほど働きづくめだったということだ。特に過労死するほど職場で働かされたのではなく、自らが好んで遊びも含めて寸暇を惜しんで寝ないであれこれやっている。あちこち出かけ人と会いあれこれいろいろやっている。当人はそれでも平気なのである。そしてそのうち結果として無理が溜まり急逝してしまう。
自分は考え方も生き方も水木先生タイプの人間だから世間からは怠け者と思われようと(いや、じっさいその通りなんだが)、自分のペースで無理せずコツコツやっていくしかない。
人生に幸、不幸の差はさほどなく無理すれば無理しただけ死が早まるならばのんびり気ままに構えて長生きしたほうが良いではないか。生き急ぐことは死に急ぐことならば生き急がないことだ。ただ、あまりに何でものんびりだらだらやっていると皆先に行ってしまい誰からも相手にされなくなる怖れはあるが。まあ、自分の人生なのだからどう生きたって良いのである。
昨日とはうって変わって今日は晴れて暖かく初夏のような陽気であった。風は冷たかったが瑞々しく素晴らしい一日だった。天気が良いとそれだけで気持ちも前向きである。
庭先のケヤキの木に上り、今さらだが散る間際の葉が付いた小枝を刈り取るように鋏でせっせっと切り落としていた。本当はもっと秋の早いうちにこの作業をやれば落葉の数は少なく晩秋の落葉掃き作業は楽になる。が、今年は夏がいつまでも長く暑い日が続いたことと忙しさにかまけてちっとも枝下ろしするヒマがなかったのだ。
うんと高所の高い枝は、体調も考えて危険だと無理せずに切らなかったが、下の方から半分ほど伸びた枝は刈り落としたのでずいぶんスッキリした。これで地面に舞い落ちる落葉の数はだいぶ軽減されるかと思う。木に登って切るのは自分、「社員」は下で落ちてくる枝を集め束ねたり袋詰めの作業を担当した。
実は今日明日と大阪から来られる敬愛する唄い手のライブがある。カレンダーには印をつけて明日はともかく今晩は出向く予定でいた。
でももう高所作業と連日の家の作業の疲れで、時間的にはいけなくはなかったが体力的にもうへろへろフラフラだったので断念してしまった。ややまだ風邪っぽいし、ウチでのライブイベントの準備に追われている今、無理すると疲れが溜まって自分の本番に支障を来たすかもしれない。御身大事、自分勝手だと言ってしまえばその通りでありでもまた仕方ないかと慰撫している。行くと約束したわけではない。でも行けば喜ばれただろうし気持ちとしては来るならぜひ行って会いたい人であった。ただ無理すればその反動は必ずくることも確かなのである。今の自分にはもう無理はできない。
最近よく思うのは、禍福、良いことも悪いことも人それぞれ起こる確率、その総量はさほど違わないのではないかということだ。中には不運続きでしかも早く亡くなってしまう人もいる。が、全体的には人の幸、不幸、運、不運もさほど違わないような気がしている。付言すればある意味、人生に損も得もないと考えるのである。
うんと何一つ不自由なく幸福な人にやがてかなり大きい不幸が来たり、うんと貧乏ばかりしていた人に晩年スポットが当たり過分な金が入ってきたりもする。最初から最後まで幸せのまま生きて死ぬ人もいないかわりに、生涯貧乏で不幸せのままという人もいないと信ずる。
何でこんなことを考えたかというと、近年の水木しげる先生のブレイクぶりを見ていてもう二十年も前に亡くなった手塚治虫のことを思い出したからだ。もう九十歳にもなられる今も元気で活躍されている水木しげるのことは誰でもご存知であろう。じっさいの話、まさか今もまだ健在で鬼太郎をはじめとした妖怪マンガで健筆をふるって人気マンガ家として一線にいるとは誰だって想像だにしなかった。
自分にとってマンガの神様手塚治虫と水木しげるは陽と陰のようなものでどちらも幼少の頃より大好きで深い影響を受けた作家であるが、そこに大きな差が世間的にはあった。むろん、水木先生も「悪魔くん」他いくつもテレビ化されて一時期は売れっ子であったが、やはり基本は漫画雑誌「ガロ」系のマイナーな漫画家であって、手塚先生のように若い頃から第一線で大活躍しずっと陽の当たってきたメジャーな人とは存在自体、格が違っていた。
ただ自分にとっては歳も近しいこの二人はまさにライバルだと思っていたしその「差」を興味深く見つめ続けてきていた。そして手塚先生は60歳で亡くなってすでに久しい。代わって彼の死と入れ替わるようにじょじょに水木先生は老いてきてからこそまた人気が高まり、妖怪で町興しのブームもあって今は夫婦元気で近年テレビドラマ化されたりと話題の真っ最中である。
ご存知のように水木先生は太平洋戦争で南の島で負傷し片腕を失い奇跡的に生還した。そして戦後も食うや食わずの辛酸をなめ、ようやく貸本漫画で糊口をしのぎやがては週刊少年誌で何本かヒットを出しようやく中堅の漫画家として知られるようになった。そして鬼太郎はアニメ化され大ヒットし妖怪ブームの高まりもあって人気作家となった。しかし一番マスコミに取上げられ売れっ子となったのは近年でありまさか晩年になってこんな人気者になるとは当人も誰も想像さえしなかったはずだろう。
手塚治虫は今だって神様として人気と大きな影響をマンガの世界に及ぼしてはいるが、残念ながらもはや過去の巨匠でしかなく、今の若い読者、マンガ家は彼の謦咳にも接したことはないはずだ。人の幸、不幸とは人それぞれ違うから一概には言えないが、水木氏と手塚氏どちらが果たして幸福だったかとよく考える。
あれほど素晴らしいヒット作を量産しまさにマンガ界のスーパースター、神様であった手塚治虫はあまりの仕事の虫であったため無理がたたり半ば過労死的に早死にしてしまった。それが彼の選んだ人生であり自業自得なのだから仕方ないと思えるが、もう少し仕事をセーブして無理さえしなければ水木しげる的人生展開も有り得たかもしれない。
大学時代の後輩に、手塚先生の仕事場に行きアシスタント的なことをやったことがある奴がいたが、そいつの話だと先生はともかく寝ないのだと言う。ほとんど眠らず次から次へと抱えた締め切りを黙々とこなしていく。その合間にもまた次作の構想を練っている。人は睡眠をとらなければ死んでしまう。けっきょく、彼は天才でありあまりに描きたいこと、意欲あるテーマが沢山わいて来る。だからのんびり眠っているヒマなどもったいない。ゆえに眠らない。そして結果として命を縮めてしまったのである。
水木先生は九死に一生を得て戦場から戻り最初から人生に諦観してしまった人だから、あくせく働くよりものんびり生きる生き方を望み尊んだ。だから仕事の総量では短い人生の手塚氏に劣るであろう。しかしこの二人の人生を今比べると二人ともけっきょく知名度から作品的評価、収入までさほど差はないのではないかと思える。
マンガを描く仕事時間もトータルでいえば同じであって、手塚先生は睡眠時間を削ってまで一生のほとんどを机に向かって過ごし若くして死んだのである。一方水木先生は昔も今も日課の昼寝は欠かさないときく。そのどちらが幸福であるかそれは誰にも判定は下せない。ただこうは思う。無理すれば無理したぶんだけそのツケは自らに返って来る。
早死にした人を後から振り返ると一つのパターンがある。それは実に精力的に感心するほど働きづくめだったということだ。特に過労死するほど職場で働かされたのではなく、自らが好んで遊びも含めて寸暇を惜しんで寝ないであれこれやっている。あちこち出かけ人と会いあれこれいろいろやっている。当人はそれでも平気なのである。そしてそのうち結果として無理が溜まり急逝してしまう。
自分は考え方も生き方も水木先生タイプの人間だから世間からは怠け者と思われようと(いや、じっさいその通りなんだが)、自分のペースで無理せずコツコツやっていくしかない。
人生に幸、不幸の差はさほどなく無理すれば無理しただけ死が早まるならばのんびり気ままに構えて長生きしたほうが良いではないか。生き急ぐことは死に急ぐことならば生き急がないことだ。ただ、あまりに何でものんびりだらだらやっていると皆先に行ってしまい誰からも相手にされなくなる怖れはあるが。まあ、自分の人生なのだからどう生きたって良いのである。
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