2020年のTOKYO、「未来」を見据えて生きていこう2013年09月08日 08時49分28秒

★7年先の「未来」を思う。 ランキング: 159位

 何はともあれ2020年のオリンピックは東京に決まった。これで暴走老耄前都知事も安心してあの世へ行けるだろう。なにはともあれ良かった、と人並みに記しておく。
 オリンピックの弊害も多々あるはずだし、基本的に反対の立場であっても決まったことは仕方ない。心から歓迎賛意しないとしても東京は、日本はそれに向けてこれから大きく動いていく。ならば受け入れるしかない。そして注視していきたい。

 さて、2020年、今が2013年の秋なのだから7年後の夏に行われる東京でのオリンピック、その頃の東京はどうしているだろうか。かつての「21世紀音頭」の一節ではないが、♪そのとき二人はどうしているの、やっぱり愛しているかしら、という気持ちになる。
 1年なんてこのところあっという間に過ぎてしまうから、7年、8年先だっておそらくすぐにその時が来るだろう。

 ただし、我がこと、我が家を考えると、おそらくそのときはウチはもう誰もいないだろう。老親ともさっき話したが、その二度目の東京オリンピックは二人とも観ることはかなわない。常識的に考えても父は100歳近くとなるし、母も90過ぎとなる。今の体調からするとそれはまず難しいしありえない。自分一人で、犬猫もいなくなり還暦過ぎの老人=自分が「オリンピックはもういいよ」とぶつぶつ言いながらチャンネルを廻す、いやリモコンを切り替えている姿を想像できる。

 それよりもそのとき世界はいったいどうなっているのだろうか。地球規模の異常気象は収まってせいぜい今と同じような気候のままで世界各国そろって無事に開会式を迎えることができるのか。世界を二分するような新たな紛争や戦禍は起きていないか。もしそれが可能ならばぜひとも自分はその場に立ち会いたいと願う。今の状況から推測する限りきわめて難しいように思えるからだ。
 
 いや、それは自分が元気に生きているという想定での話で、もしかしたらその前にこの身も病に倒れ、誰より先にあの世へ行ってしまっているかもしれない。我々の年代はかなりガタが来ていて、還暦前後で亡くなる人も実に多い。自分が無事健康で2020年まで生きられる保証はどこにもない。このブログだって続いているか存在しているか全くわからない。
 またさらに、近づく首都直下型大地震もある。もしオリンピックの前にそれに見舞われたら、どれほど被害が少なくてもまず中止となろう。そして自分がその被害に遭わない、無事だという自信もない。

 つまりたかが10年足らず先の話だが、本当にそのとき自分も含め東京が、この国が、この地球全体が無事で平穏平和の裡にオリンピックを迎えられる確率はかなり低いように思える。
 ならばこそその東京オリンピックが無事に迎えられるよう自分も含め我々は心してしっかり生きなくてはならないと思う。

 21世紀を迎える前、1990年代は、人々は2000年ミレニウムという新世紀を意識して一年一年を生きていた気がする。あと○年で21世紀、という意識が、一つの指標として人の心を強く支配していた。つまりカウントダウンである。20世紀のうちに、とそのゴールに向けて人はあれこれ動いていた。
 そして今21世紀も始まり、気がつけば漠然と10数年が過ぎてしまった。21世紀はまだまだたっぷりあるし、何かの目安、区切り、マイルストーンとなるような年も見当たらない。自分も含めてただ漫然と一年一年をただ生きている。

 しかし、2020年の東京オリンピックという確定した目標、目安ができた。人の心は何かの到着点、目的地がない限りなかなか動いていかない。そしてそれがバラバラだと力は弱い。オリンピックはある意味人心を一つにまとめるゴールなのである。
 2020年の東京、果たしてそのときまで皆が無事で平穏に生きていられるだろうか。異常気象や大地震も含めた災害に見舞われていないか。この国の原発はまだ稼働しているのか。フクシマは・・・米軍基地は・・・。

 オリンピックに批判的な自分であったが、今はある意味2020年という近未来のゴールを与えてもらった気がしている。まずはそこまで何としても生きていきたい。そして平和の祭典オリンピックが成功するためにも全世界から紛争がなくなり核兵器が、化学兵器が廃絶されるように心から願う。

 この地球上に生きる者が、全生物が誰もが安全平和のうちに2020年を無事に迎えられますように。
 その「近未来」に向けてしっかり生きていこう。皆様もどうかご一緒に。