本当に申し訳ありません!!! ― 2014年12月01日 01時09分21秒
★本日のコンサート、興行的には大成功、個人的には大失敗の結果に。
自分の住む町に終電で帰ってきた。また雨がしとしとと降りだしていて思わず涙雨という演歌のような言葉が思い浮かんだ。
おかげさまで本日の有馬敲さんとフォークシンガーたちとの共演ライブ、幸いにして大盛況、超満員のうちに終わった。まさに立錐の余地がないほどたくさんのお客様が来てくれた。ゆえに「興行的」には大成功となった。有馬御大もお店側もとても喜んでもらえた。本当にそれは良かった。ご来場の皆さま有難うございました。
が、私マスダの不備と失態から入りきれなかったお客様は帰られ、来られたお客も途中で席を立れ帰られたり、転換にもたついて予定より一時間も伸びてしまったりと多くの参加者の方々、出演者、スタッフのみんなに多大な迷惑をかけてしまった。またギャラの問題もきちんとさせずに当日を迎えてしまってアーチストから強いご批判を受けた。
毎度ながら全てにおいて自分の詰めと読みの甘さ、中途半端さがいけないのである。終わって出演者の方々と最終的な打ち上げの席で、皆さまから率直なそうしたご意見とお怒りの声をたくさん頂いた。いつもマスダの企画は筋が通っていない、というお怒りの声であった。穴があったら入りたいというよりもいっそ中央線に飛び込みたいとさえ思う気持ちになった。
ご不満はおそらくせっかく来られたお客様も同様であろう。まさかあんなにいっぱいになるとは、想定外だったと言い訳することはたやすい。しかし、せっかく来て頂いた方々にご不快な気持ち、辛い思いをさせてしまったのはひとえに自分の責であり、それはスタッフとして関わってもらった人たち皆にも同様なのである。
が、まあ俺が死んだって何のお詫びになるわけでもないし、開き直る気もないけれど、ご指摘を受けて毎度ながらやっと気がついたということだけは告白する。
つまり俺は根本的にそうしたきちんとしたこと、「企画」ができない人間なのであろう。思いだけがあってもそれを組み立てて無理無体なく成し遂げることができないのかと自問している。結果、それで突っ走り、一部の人はたとえ評価してくれたとしても、多くの関わった人たちに不快な思いをさせて不信の念を植えつけていく。これは自己卑下でも韜晦でもない。事実・現実のことだ。だから敵が多いんだとまで言ってくれた。でもそれは敵ではないだろう。嫌われ者は敵にすらならず誰も相手にしなくなる。
まあ、率直に我にその不満やお怒りをこちらにぶつけてくれた人たちには心から感謝する。バカだから言われなければ何も気がつかなかっただろう。毎度ながらの失態。お金や謝って済むことではないし、もし関わりがこれからもあるならば何らかの償いもできるかもしれない。溜息ついても仕方ないが本当に申し訳なく思う。まったく情けない。
いちばんの問題は来てくれたのに失望させて帰らせてしまった人たちに対してで、いっぱいすぎて中にも入れずろくに観れなかった人も含めて、今胃が痛くなるほどただただ申し訳ない気持ちでいる。どうお詫びすれば良いのか。頂いた代金は全額返金もしよう。しかしそれで済むのか。
多くの人たちに迷惑をかけるだけだからと、もうこうしたライブ企画など一切やめることが世のために、償いとなるならそれも考えている。
が、そのうえで、たぶん自分はこれからも申し訳なさを抱えつつも臆面なく、誰も来てくれなく手伝いも関わりもしなくなったとしても何か企画は続けて行くだろうとも思う。
うたも同様だが、うたならば聴き手がいなくとも下手くそでも唄い続けることが大事であるように、どんなことでも大事なことは続けていくことだと信ずる。人生がそうであるように、やめることはたやすい。大失敗に終わったとして、失敗ばかりだとしてもともかくやめずに続けて行こう。ただ願わくばもっと少しでも利口になってお一人にでも迷惑をかけることのないよう細心の注意で臨んでいこう。誰よりも自分はそうしなければならない。
みみずを使った実験で、土の中の穴で、AとBの二つに分かれる分岐点にみみずを置く。Aのほうは何ともないが、Bの方へみみずが進むと電気ショックを受けるように設定しておく。すると最初のうちは何回でもBの方へ行っては痛い目にあう。しかし何百回か繰り返していると脳のないみみずでも、いつしかBの道へは絶対行かなくなるそうだ。
そのミミズの学習の話を何かの本で読んだとき、深く感心した。みみずの脳を思い、ならばどんなに愚かなこの自分でもいつかは学ぶ、賢くなるはずと希望が持てた。まあ、人はそんなバカ者に何十回何百回も付き合いはしないが。
だが、結果常に失敗と人様にご迷惑とご不快な気持ちを与えるばかりの人生だとしても投げださずに続けていかねばならない。みみずでも学ぶならば人はもっと学ぶはずだ。
またこんなときいつものように、あのうたが聴こえる。公園で首吊り自死したと訊く、昔から自分にとって日本最高のソウルシンガー、大好きな砂川正和の「最後の本音」という曲だ。そのサビのフレーズを頭の中で繰り返している。
♪俺は決して悪い人間じゃない。ただ考えが甘いだけ、
と。しかし、だからこそ罪深く悪人なのだと断罪する内なる声がずっとしている。バカはやはり罪なのだ。
自分の住む町に終電で帰ってきた。また雨がしとしとと降りだしていて思わず涙雨という演歌のような言葉が思い浮かんだ。
おかげさまで本日の有馬敲さんとフォークシンガーたちとの共演ライブ、幸いにして大盛況、超満員のうちに終わった。まさに立錐の余地がないほどたくさんのお客様が来てくれた。ゆえに「興行的」には大成功となった。有馬御大もお店側もとても喜んでもらえた。本当にそれは良かった。ご来場の皆さま有難うございました。
が、私マスダの不備と失態から入りきれなかったお客様は帰られ、来られたお客も途中で席を立れ帰られたり、転換にもたついて予定より一時間も伸びてしまったりと多くの参加者の方々、出演者、スタッフのみんなに多大な迷惑をかけてしまった。またギャラの問題もきちんとさせずに当日を迎えてしまってアーチストから強いご批判を受けた。
毎度ながら全てにおいて自分の詰めと読みの甘さ、中途半端さがいけないのである。終わって出演者の方々と最終的な打ち上げの席で、皆さまから率直なそうしたご意見とお怒りの声をたくさん頂いた。いつもマスダの企画は筋が通っていない、というお怒りの声であった。穴があったら入りたいというよりもいっそ中央線に飛び込みたいとさえ思う気持ちになった。
ご不満はおそらくせっかく来られたお客様も同様であろう。まさかあんなにいっぱいになるとは、想定外だったと言い訳することはたやすい。しかし、せっかく来て頂いた方々にご不快な気持ち、辛い思いをさせてしまったのはひとえに自分の責であり、それはスタッフとして関わってもらった人たち皆にも同様なのである。
が、まあ俺が死んだって何のお詫びになるわけでもないし、開き直る気もないけれど、ご指摘を受けて毎度ながらやっと気がついたということだけは告白する。
つまり俺は根本的にそうしたきちんとしたこと、「企画」ができない人間なのであろう。思いだけがあってもそれを組み立てて無理無体なく成し遂げることができないのかと自問している。結果、それで突っ走り、一部の人はたとえ評価してくれたとしても、多くの関わった人たちに不快な思いをさせて不信の念を植えつけていく。これは自己卑下でも韜晦でもない。事実・現実のことだ。だから敵が多いんだとまで言ってくれた。でもそれは敵ではないだろう。嫌われ者は敵にすらならず誰も相手にしなくなる。
まあ、率直に我にその不満やお怒りをこちらにぶつけてくれた人たちには心から感謝する。バカだから言われなければ何も気がつかなかっただろう。毎度ながらの失態。お金や謝って済むことではないし、もし関わりがこれからもあるならば何らかの償いもできるかもしれない。溜息ついても仕方ないが本当に申し訳なく思う。まったく情けない。
いちばんの問題は来てくれたのに失望させて帰らせてしまった人たちに対してで、いっぱいすぎて中にも入れずろくに観れなかった人も含めて、今胃が痛くなるほどただただ申し訳ない気持ちでいる。どうお詫びすれば良いのか。頂いた代金は全額返金もしよう。しかしそれで済むのか。
多くの人たちに迷惑をかけるだけだからと、もうこうしたライブ企画など一切やめることが世のために、償いとなるならそれも考えている。
が、そのうえで、たぶん自分はこれからも申し訳なさを抱えつつも臆面なく、誰も来てくれなく手伝いも関わりもしなくなったとしても何か企画は続けて行くだろうとも思う。
うたも同様だが、うたならば聴き手がいなくとも下手くそでも唄い続けることが大事であるように、どんなことでも大事なことは続けていくことだと信ずる。人生がそうであるように、やめることはたやすい。大失敗に終わったとして、失敗ばかりだとしてもともかくやめずに続けて行こう。ただ願わくばもっと少しでも利口になってお一人にでも迷惑をかけることのないよう細心の注意で臨んでいこう。誰よりも自分はそうしなければならない。
みみずを使った実験で、土の中の穴で、AとBの二つに分かれる分岐点にみみずを置く。Aのほうは何ともないが、Bの方へみみずが進むと電気ショックを受けるように設定しておく。すると最初のうちは何回でもBの方へ行っては痛い目にあう。しかし何百回か繰り返していると脳のないみみずでも、いつしかBの道へは絶対行かなくなるそうだ。
そのミミズの学習の話を何かの本で読んだとき、深く感心した。みみずの脳を思い、ならばどんなに愚かなこの自分でもいつかは学ぶ、賢くなるはずと希望が持てた。まあ、人はそんなバカ者に何十回何百回も付き合いはしないが。
だが、結果常に失敗と人様にご迷惑とご不快な気持ちを与えるばかりの人生だとしても投げださずに続けていかねばならない。みみずでも学ぶならば人はもっと学ぶはずだ。
またこんなときいつものように、あのうたが聴こえる。公園で首吊り自死したと訊く、昔から自分にとって日本最高のソウルシンガー、大好きな砂川正和の「最後の本音」という曲だ。そのサビのフレーズを頭の中で繰り返している。
♪俺は決して悪い人間じゃない。ただ考えが甘いだけ、
と。しかし、だからこそ罪深く悪人なのだと断罪する内なる声がずっとしている。バカはやはり罪なのだ。
11.30のコンサートに来られた方々へ ― 2014年12月01日 03時15分57秒
★混雑のあまり途中で帰られた方、代金を全額返金いたします。
私、マスダが企画し11月30日、阿佐ヶ谷イエローヴィジョンにて催しのあった「詩人有馬敲の詩とうたの世界」コンサートはおかげさまで大盛況となりました。
が、想定以上にあまりにも多くのお客様が来られたため、予約受付されたのに会場の店内に入れず、また、あまりの満席さに中途で帰られた方もありました。
企画者として今改めて心からお詫びいたします。せっかくご参加いただいたのにゆっくり落ち着いて観覧できなかったことと舞台要員を置かなかったため転換の遅れからの予定時間がかなり伸びたことなど観客、出演者の方々に大変ご不快な思いをさせてしまいました。
もしまた再びこうしたライブコンサートを企画することができましたら今回の教訓を真摯に学び、来られたお客様がゆったりと誰もが満足できるライブ環境を構築し提供できるよう最善の努力をいたします。約束いたします。
そのうえで何のお詫びにもなりませんが、今回、会場まで来られ代金を支払われたのに結果として最後まで見れず中途でお帰りになられた方はご連絡頂ければ、その代金を全額お返しいたします。
拙ブログのこの記事を読まれた方にしかこのお知らせは届かないと思います。もし読者の方で、どこかのミクシィやブログなどに、このコンサートの感想や記事など見かけられましたらその方へ、当方にもぜひお知らせ願います。
とにもかくにも本当に多くの方々にご迷惑をおかけいたしました。最後まで観られたとしてもご不快な思いをされた方にもお申し出頂ければ全額返金いたします。
本当に申し訳ありませんでした。どうかお赦しください。
090-8175-8479 マスダ昭哲
私、マスダが企画し11月30日、阿佐ヶ谷イエローヴィジョンにて催しのあった「詩人有馬敲の詩とうたの世界」コンサートはおかげさまで大盛況となりました。
が、想定以上にあまりにも多くのお客様が来られたため、予約受付されたのに会場の店内に入れず、また、あまりの満席さに中途で帰られた方もありました。
企画者として今改めて心からお詫びいたします。せっかくご参加いただいたのにゆっくり落ち着いて観覧できなかったことと舞台要員を置かなかったため転換の遅れからの予定時間がかなり伸びたことなど観客、出演者の方々に大変ご不快な思いをさせてしまいました。
もしまた再びこうしたライブコンサートを企画することができましたら今回の教訓を真摯に学び、来られたお客様がゆったりと誰もが満足できるライブ環境を構築し提供できるよう最善の努力をいたします。約束いたします。
そのうえで何のお詫びにもなりませんが、今回、会場まで来られ代金を支払われたのに結果として最後まで見れず中途でお帰りになられた方はご連絡頂ければ、その代金を全額お返しいたします。
拙ブログのこの記事を読まれた方にしかこのお知らせは届かないと思います。もし読者の方で、どこかのミクシィやブログなどに、このコンサートの感想や記事など見かけられましたらその方へ、当方にもぜひお知らせ願います。
とにもかくにも本当に多くの方々にご迷惑をおかけいたしました。最後まで観られたとしてもご不快な思いをされた方にもお申し出頂ければ全額返金いたします。
本当に申し訳ありませんでした。どうかお赦しください。
090-8175-8479 マスダ昭哲
イベントを終えて改めて思うこと ― 2014年12月02日 04時26分47秒
★また次があり、より良く「次」をやり続けたい と誓った。 アクセスランキング: 78位
あれから二晩開けた。今これを記すのは12月2日の早暁である。まだ夜はあけない。
先に頂いた当ブログへのコメントの方もそうだが、何人かの参加者からは今回のコンサートへの高評を頂いている。数人でも楽しんで良かったと感じてもらった方々がいるのであれば、企画した者の思いは伝わったと信ずるしコンサートは成功したと言えるのではないか。そうした暖かい励ましに命を救われた思いすらした。実に有難いことではないか。一人でも満足されたという人がいれば他にも同様の思いを抱いた方がきっといると信ずる。
じっさいのところ、主催者が書くべきことではないのかもしれないが、コンサートの演奏、出来は良かった、とても素晴らしく面白かったと信ずる。良いイベントとなったのではないか。
それは自らが出た部分はさておき、他の出演者は皆どれも素晴らしかったということで、小時間ながらその持ち味をそれぞれ十二分に発揮したと思える。きちんと観れたわけではないが「観客」としての自分もまた楽しめた。
また有馬敲氏も含めて、今回の催しのコンセプト、彼と詩と関連したアーチストで構成する音楽イベントとして見てもそれもうまく成立していたのではなかろうか。
高名であろうとなかろうと1詩人の詩朗読と詩に曲をつけてうたうという試みはなかなかイベントとしてみた場合当然ながら難しい。これが素人のフォークサークル等がやれば、たぶん散漫かつ緩慢な退屈なものになっていたような気がする。そこに刺激や詩とうたとがぶつかりあう衝撃のようなものがあるかはわからない。
が、今回のイベントでは音楽側の人たちは実に多種多彩で、それぞれが独自の、オンリーワンのスタイルで自らの唄と共に違和感なく、「有馬敲の詩によるうた世界」を巧みにしかも感動的に表現していた。まずそのことに企画側としても観る側としても大いに感心させられた。やはりプロである。うたの専門家の実力をきちんと示して頂いた。
今回のイベントのコンセプトは十分に成立し観客の方々に伝わったと信ずる。ならば企画し実行した意義はあったと思う。
しかし、これは裏事情となるが、いちばんの自らの失敗は、当日コンサートを成立させるための詰めがともかく甘く全てにおいて曖昧であったことだ。よって結果として満席とはなったが混乱して不備が多々発生して時間も延びて多くの関わって頂いた方々にご不快な念と迷惑をかけてしまった。終えて今、痛恨の思いと反省の気持ちも込めてそのことも書く。
かつて自分がいくつか企画したコンサートは基本的に常にお客が入らなかった。それは盟友真黒毛ぼっくす氏が終わって繰り返し言ってたが「マスダの企画したコンサートでいっぱいになったのは初めてのことだ!」と。じっさいそうかもしれない。拙宅でのイベントは別とすれば常に我が企画には客が入らなかった。
中でも2010年のフォークロアセンター40周年コンサートは惨憺たるもので木馬亭というある程度大きい100人~規模の会場を用意したのに有料入場者は数えるほどで結果大赤字となり出演者にも誰にも大いに迷惑をかけてしまった。以後、その傷を抱えて拙宅での小イベントへと企画を縮小していた。
しかし今回は京都より詩の師匠をお呼びしてのことだからどこか都心のきちんとした会場で催さねばならない。規模はともかく木馬亭の時と同様にしっかりした取り組みでやらねばならなくなった。そして阿佐ヶ谷のそのライブハウスが選ばれた。キャパは広くはないが機材もよく揃い地の利も良く何よりもお店の雰囲気が素晴らしかった。一言でいえばすべてに機能的ということだ。
今回のための取り組みとして、綿密な計画を立て準備万端とし細心の注意で全てに関わる人たちときちんと連絡はかって当日を迎えるべきであった。しかし、我マスダの関心は、頭を占めていたのは「客の入り」だけであって、これまでの「失敗」に対してもはやトラウマ的にそのことのみに囚われてしまっていた。赤字の心配よりもせっかくの大きな本格的イベントにほとんどお客が入らなかったらどうしようと。じっさいのところ詩とフォークソングという今もっとも不人気(失礼!)な客の少ない組み合わせなのだ。人気者を集めても客は来ないことは過去の経験で学んでいたから。
ところがそれが当日前に「予約者」だけで、店のキャパシティと同数になり、となるといかに補助イスで席を作るかということのみ考えがいってしまった。けっきょく、近くのホームセンターで、一番安い700円の簡易パイプ折り畳みイスを新たに6客買い求め、ウチからも無頼庵の折り畳みイスもかき集め友人に運搬を頼んで持ち込んだ。
そこに、今回は拙くも自らが出ることともなって、その準備や練習にも追われて気が散漫していた。結果として一番大事なコンサートそのものへの取り組み、滞りなく成功させるための当日の進行や出演者、スタッフへの説明、手配などが遅れた以前に、きちんと考え検討することすらなく周知徹底を怠っていた。そして当日が来たのである。
今心から悔やむ。とにもかくにもスタッフ、出演者がまず一堂に会し、綿密な打ち合わせや細かい説明は無理であったとしても意思統一をはかるべきであったと。それすらも当日は慌ただしくて徹底できなかったのだ。何がいちばんコンサートにおいて大事なことなのか、何をまず優先すべきことか全然わかっていなかったのだ。
長くなったので別に新たにもう一回書き足します。
あれから二晩開けた。今これを記すのは12月2日の早暁である。まだ夜はあけない。
先に頂いた当ブログへのコメントの方もそうだが、何人かの参加者からは今回のコンサートへの高評を頂いている。数人でも楽しんで良かったと感じてもらった方々がいるのであれば、企画した者の思いは伝わったと信ずるしコンサートは成功したと言えるのではないか。そうした暖かい励ましに命を救われた思いすらした。実に有難いことではないか。一人でも満足されたという人がいれば他にも同様の思いを抱いた方がきっといると信ずる。
じっさいのところ、主催者が書くべきことではないのかもしれないが、コンサートの演奏、出来は良かった、とても素晴らしく面白かったと信ずる。良いイベントとなったのではないか。
それは自らが出た部分はさておき、他の出演者は皆どれも素晴らしかったということで、小時間ながらその持ち味をそれぞれ十二分に発揮したと思える。きちんと観れたわけではないが「観客」としての自分もまた楽しめた。
また有馬敲氏も含めて、今回の催しのコンセプト、彼と詩と関連したアーチストで構成する音楽イベントとして見てもそれもうまく成立していたのではなかろうか。
高名であろうとなかろうと1詩人の詩朗読と詩に曲をつけてうたうという試みはなかなかイベントとしてみた場合当然ながら難しい。これが素人のフォークサークル等がやれば、たぶん散漫かつ緩慢な退屈なものになっていたような気がする。そこに刺激や詩とうたとがぶつかりあう衝撃のようなものがあるかはわからない。
が、今回のイベントでは音楽側の人たちは実に多種多彩で、それぞれが独自の、オンリーワンのスタイルで自らの唄と共に違和感なく、「有馬敲の詩によるうた世界」を巧みにしかも感動的に表現していた。まずそのことに企画側としても観る側としても大いに感心させられた。やはりプロである。うたの専門家の実力をきちんと示して頂いた。
今回のイベントのコンセプトは十分に成立し観客の方々に伝わったと信ずる。ならば企画し実行した意義はあったと思う。
しかし、これは裏事情となるが、いちばんの自らの失敗は、当日コンサートを成立させるための詰めがともかく甘く全てにおいて曖昧であったことだ。よって結果として満席とはなったが混乱して不備が多々発生して時間も延びて多くの関わって頂いた方々にご不快な念と迷惑をかけてしまった。終えて今、痛恨の思いと反省の気持ちも込めてそのことも書く。
かつて自分がいくつか企画したコンサートは基本的に常にお客が入らなかった。それは盟友真黒毛ぼっくす氏が終わって繰り返し言ってたが「マスダの企画したコンサートでいっぱいになったのは初めてのことだ!」と。じっさいそうかもしれない。拙宅でのイベントは別とすれば常に我が企画には客が入らなかった。
中でも2010年のフォークロアセンター40周年コンサートは惨憺たるもので木馬亭というある程度大きい100人~規模の会場を用意したのに有料入場者は数えるほどで結果大赤字となり出演者にも誰にも大いに迷惑をかけてしまった。以後、その傷を抱えて拙宅での小イベントへと企画を縮小していた。
しかし今回は京都より詩の師匠をお呼びしてのことだからどこか都心のきちんとした会場で催さねばならない。規模はともかく木馬亭の時と同様にしっかりした取り組みでやらねばならなくなった。そして阿佐ヶ谷のそのライブハウスが選ばれた。キャパは広くはないが機材もよく揃い地の利も良く何よりもお店の雰囲気が素晴らしかった。一言でいえばすべてに機能的ということだ。
今回のための取り組みとして、綿密な計画を立て準備万端とし細心の注意で全てに関わる人たちときちんと連絡はかって当日を迎えるべきであった。しかし、我マスダの関心は、頭を占めていたのは「客の入り」だけであって、これまでの「失敗」に対してもはやトラウマ的にそのことのみに囚われてしまっていた。赤字の心配よりもせっかくの大きな本格的イベントにほとんどお客が入らなかったらどうしようと。じっさいのところ詩とフォークソングという今もっとも不人気(失礼!)な客の少ない組み合わせなのだ。人気者を集めても客は来ないことは過去の経験で学んでいたから。
ところがそれが当日前に「予約者」だけで、店のキャパシティと同数になり、となるといかに補助イスで席を作るかということのみ考えがいってしまった。けっきょく、近くのホームセンターで、一番安い700円の簡易パイプ折り畳みイスを新たに6客買い求め、ウチからも無頼庵の折り畳みイスもかき集め友人に運搬を頼んで持ち込んだ。
そこに、今回は拙くも自らが出ることともなって、その準備や練習にも追われて気が散漫していた。結果として一番大事なコンサートそのものへの取り組み、滞りなく成功させるための当日の進行や出演者、スタッフへの説明、手配などが遅れた以前に、きちんと考え検討することすらなく周知徹底を怠っていた。そして当日が来たのである。
今心から悔やむ。とにもかくにもスタッフ、出演者がまず一堂に会し、綿密な打ち合わせや細かい説明は無理であったとしても意思統一をはかるべきであったと。それすらも当日は慌ただしくて徹底できなかったのだ。何がいちばんコンサートにおいて大事なことなのか、何をまず優先すべきことか全然わかっていなかったのだ。
長くなったので別に新たにもう一回書き足します。
イベントを終えて~続き ― 2014年12月02日 08時15分14秒
★全てが終わり、全てが始まる。だからこそ、さあ、もういっぺん
また新しい朝が来た。
11.30の詩とフォークソングのイベント、いろいろ失態失敗ばかりではあったが、ともかく大きい企画を成し終えることができた。失態が多々あったからやらない方が良かったと考えるのではなく、そこからもまた得るものと学ぶべきものはたくさんあるし、結果として次への糧、踏み台たたき台となることだってあろう。
何ごとも安全と保身を考え失敗を恐れてやらないよりはやったほうが良いのだと信ずる。そしてやったことによって見えてくるものは確かにある。耳に痛いご意見や批判もそこから生まれて届くものであるし、新たな出会いも含めてそれらは次へとまた繋がっていく。
その場に関わった多くの人たちにとって様々な何かを残してそれらは種となって心に根付いていく。良いことも悪いことも。
当日の晩と昨日一日はまさに断腸というか痛恨の思いで、自らの甘さがもたらした失態と失敗について深く悔やみ悩み鬱々としていた。自らの「罪」を嫌でもみつめていた。
自分がバカであり、バカをバカだと認じてそこに留まることはたやすい。それは、世人にとって理解しがたい怪事件が起きると、容疑者を常に「~の心の闇はうかがい知れない」と評し書き結ぶのと同じで根本解決には何一つならない。
大切なこと、すべきことは、そうした事件や失敗を繰り返さないよう手を尽くすこと、努力や備えることであって、バカだという事実や心の闇で事態を済ませてはならないはずだ。求められるのは二度と繰り返すことのないように根本解決をはかることであろう。次へとつなげていくためにも。
じっさいいい歳をしてオレは本当にバカなんだなあとつくづく思う。何でいつもこうなんだとも。せめて一人舞台転換要員を誰かに頼んでおけばこんなに進行がもたつかなかったのだ。そんな当たり前のことにも思い至らず、スタッフ、出演者への細かい配慮や連絡も怠り、全てがあいまいなまま、きちんとしないまま当日に臨んでしまった。実に無計画、実に無責任であった。いわばマスダの実人生そのものであった。
自分一人のことならばすべての結果は我が身で背負える。しかし今回は多くの人々を巻き込んでの公的なイベントであったのだ。興行的成功を願う以前に公演として成り立たせるため綿密な準備を計画立てて進めるべきであった。今ならば全てがはっきりと事態が見通せる。しかし、当日ライブが始まるまではまったく何一つ考えも思い至らなかった。それこそが自分の愚かさでありバカのバカたる所以であるが、終わって勝手ながらようやくそれに気が付いたことは良いことであろう。それもまた、やったからこそわかったことだ。
本当にすべきこと、大事なことに今ようやく気づかされた。関わってくれた多くの人たちに不快な思いと多大な迷惑をかけてしまったが、ともかく肝心なことは謝罪も大事だが、戦争と同じく悲惨な事態は今後は二度と繰り返してはならないということに尽きよう。
今の気分は古いコートを脱ぎ棄てて、というか、今まで来ていた皮を剥ぎ棄てて、一皮むけてこの身が軽く新しくなったという気がしている。頭の中は今朝の空のように澄み渡っている。
1コンサートであり一つのイベントであったが、終わって自分にとってこれまで4年、抱えてきた呪縛からようやく解き放たれ、また新たな人生が今日から始まったという気さえしている。
先の40周年コンサートでも終わって、我の不手際に失望し離れて行った友もいた。今回の件でも怒り呆れ果てた人も出よう。しかし、これで縁が切れようとそれもまた仕方ないと思うし、ここから始まり続いていく関係もまたあると信ずる。
どうしようもない自分はおそらく根本のところは変わらないし変えられない。しかし、人様と何かを共にやっていくための手筈や処方は学ぶことはできる。だから二度と過ちを繰り返さないよう最善のベストを尽くすことを誓う。そしてまたそれを支えてくれる仲間たちも幸いにしてまだいてくれる。そうした方々にどれだけの恩返しができるものかわからないが、もう一度、全てに感謝して我が人生も含めて全てを一から新しく始めていきたい。
今、心の中に流れるメロディは、豊田勇造さんの「さあ、もういっぺん」だ。
♪さあ、もういっぺん、さあ、もういっぺん、火のあるうちに と。そう、日のあるうちにもういっぺんやり直そう。
また新しい朝が来た。
11.30の詩とフォークソングのイベント、いろいろ失態失敗ばかりではあったが、ともかく大きい企画を成し終えることができた。失態が多々あったからやらない方が良かったと考えるのではなく、そこからもまた得るものと学ぶべきものはたくさんあるし、結果として次への糧、踏み台たたき台となることだってあろう。
何ごとも安全と保身を考え失敗を恐れてやらないよりはやったほうが良いのだと信ずる。そしてやったことによって見えてくるものは確かにある。耳に痛いご意見や批判もそこから生まれて届くものであるし、新たな出会いも含めてそれらは次へとまた繋がっていく。
その場に関わった多くの人たちにとって様々な何かを残してそれらは種となって心に根付いていく。良いことも悪いことも。
当日の晩と昨日一日はまさに断腸というか痛恨の思いで、自らの甘さがもたらした失態と失敗について深く悔やみ悩み鬱々としていた。自らの「罪」を嫌でもみつめていた。
自分がバカであり、バカをバカだと認じてそこに留まることはたやすい。それは、世人にとって理解しがたい怪事件が起きると、容疑者を常に「~の心の闇はうかがい知れない」と評し書き結ぶのと同じで根本解決には何一つならない。
大切なこと、すべきことは、そうした事件や失敗を繰り返さないよう手を尽くすこと、努力や備えることであって、バカだという事実や心の闇で事態を済ませてはならないはずだ。求められるのは二度と繰り返すことのないように根本解決をはかることであろう。次へとつなげていくためにも。
じっさいいい歳をしてオレは本当にバカなんだなあとつくづく思う。何でいつもこうなんだとも。せめて一人舞台転換要員を誰かに頼んでおけばこんなに進行がもたつかなかったのだ。そんな当たり前のことにも思い至らず、スタッフ、出演者への細かい配慮や連絡も怠り、全てがあいまいなまま、きちんとしないまま当日に臨んでしまった。実に無計画、実に無責任であった。いわばマスダの実人生そのものであった。
自分一人のことならばすべての結果は我が身で背負える。しかし今回は多くの人々を巻き込んでの公的なイベントであったのだ。興行的成功を願う以前に公演として成り立たせるため綿密な準備を計画立てて進めるべきであった。今ならば全てがはっきりと事態が見通せる。しかし、当日ライブが始まるまではまったく何一つ考えも思い至らなかった。それこそが自分の愚かさでありバカのバカたる所以であるが、終わって勝手ながらようやくそれに気が付いたことは良いことであろう。それもまた、やったからこそわかったことだ。
本当にすべきこと、大事なことに今ようやく気づかされた。関わってくれた多くの人たちに不快な思いと多大な迷惑をかけてしまったが、ともかく肝心なことは謝罪も大事だが、戦争と同じく悲惨な事態は今後は二度と繰り返してはならないということに尽きよう。
今の気分は古いコートを脱ぎ棄てて、というか、今まで来ていた皮を剥ぎ棄てて、一皮むけてこの身が軽く新しくなったという気がしている。頭の中は今朝の空のように澄み渡っている。
1コンサートであり一つのイベントであったが、終わって自分にとってこれまで4年、抱えてきた呪縛からようやく解き放たれ、また新たな人生が今日から始まったという気さえしている。
先の40周年コンサートでも終わって、我の不手際に失望し離れて行った友もいた。今回の件でも怒り呆れ果てた人も出よう。しかし、これで縁が切れようとそれもまた仕方ないと思うし、ここから始まり続いていく関係もまたあると信ずる。
どうしようもない自分はおそらく根本のところは変わらないし変えられない。しかし、人様と何かを共にやっていくための手筈や処方は学ぶことはできる。だから二度と過ちを繰り返さないよう最善のベストを尽くすことを誓う。そしてまたそれを支えてくれる仲間たちも幸いにしてまだいてくれる。そうした方々にどれだけの恩返しができるものかわからないが、もう一度、全てに感謝して我が人生も含めて全てを一から新しく始めていきたい。
今、心の中に流れるメロディは、豊田勇造さんの「さあ、もういっぺん」だ。
♪さあ、もういっぺん、さあ、もういっぺん、火のあるうちに と。そう、日のあるうちにもういっぺんやり直そう。
終わって思うことの最後に ― 2014年12月02日 19時24分44秒
★蛇足的追記を あえて少しだけ
世の中には、あいつは自分勝手、自分のことしか考えないと批判される人がいる。我もまたそう言われることが多いが、実は自分のことしか考えていないのではなく、自分のことすら考えていないのである。そこのところを間違えないでもらいたい。オレはそんな独善的に堅実な人間ではない。もっと破滅的にだらしない自己否定の人間なのだ。
そう、基本的にいつだって何事にも無計画で無頓着でだらしなく、どのような大事なことであっても計画立てて遂行などできやしない。子供の頃の夏休みの宿題だって、日ごとにやるべき計画は立てても絶対守れないと気づき、以後、今日までほぼ常に行き当たりばったり、その場しのぎで自分のことすら考えずにテキトーに生きてきた。
そのような人間が、他人様と共に金が動くある程度大きなイベントを企画してきちんと成功するはずがない。自分でもほんとそう思う。だから今までは常に失敗ばかり繰り返してきた。つまり実人生がそのまま投影されて何事も万事結果的に「成功」などするはずがなかった。それが必然的常識である。神様はそんなに甘くない。
そう思うとき、真黒毛のオーツキ氏が言うように、実に初めてこの我にしては珍しく満席となり興行的に成功できた。儲けたとおもわれるかもしれないが、ぶっちゃけた話、京都から有馬さんを新幹線でお招きしホテルも一泊とって、ライブハウスも一日借りきって他の出演者たちにほんのお車代のギャラを支払うと満席でもほぼトントンなのである。それも有馬御大自らが詩関係の出版社に大いに宣伝し働きかけた努力も大きいこともあえて記す。
もとより赤字覚悟で始めた企画であったから赤字にならずに済んだだけ大いなる「成功」と言えようが、それでも関わった誰もが満足や納得されたわけではない。先にも書いたが事前の説明不足も含めて我の手際の悪さもあって打ち上げでは不満噴出であった。その辛さも「成功」のうちだと受け入れるしかないのである。
さておき企画者の儲けなど出ないのがこの世界の常識だとしても、それが恒常化、常態的常識化してしまえば、誰も赤字覚悟でイベントなどできなくなるし、これはよほどの金持ちか物好きの道楽だと割り切ることは文化に対する侮蔑だと思う。俺のやっていることは芸能ではなく「文化」だという矜持はこれでも持っている。
ただこんな世知辛い時代に、おそらくアベノミクスによる好景気の恩恵など誰も受けていない方たち相手に、予約3千円、当日3500円という料金をとり、それに見合ったステージがそこにあったか、観客は満足、納得されたものか主催側には判断は下せない。が、その答えはやがてこの身に帰ってくるのであろう。それを真摯に受け止めたい。
ただ、とにもかくにも不手際は多々あろうと満席の観客が来て頂き、時間はかなり延びてもコンサートは盛況のうちに終わったのだから良しとしようと思った。
そして今日、京都に戻られた有馬さんご当人と電話で長話し、大いに満足され実に素晴らしいコンサートだったと感謝すらされたことで、ようやくこの11.30のイベントが終わった実感を抱いた。本人も未だ興奮気味で、若い人たちとの出会いで元気をもらったとたいそうお元気そうであるのは電話口からもうかがえた。
彼は我が母と同世代でご子息は我と同い年のはずだから、いわば親孝行したという気さえしている。ならばやはりこのコンサートは企画して良かったのだ。師匠有馬敲のために彼が生きて元気で動けるうちにこのコンサートが実現できて本当に良かった。これこそ我のような不肖の弟子ができる「恩返し」なのである。
先に、興行的には大成功、個人的には大失敗と拙ブログに書いたが、それはそのままにしておくとしても、今の気分では撤回したい。とても私的には成功したとは口が裂けても言えないが、ともかく企画したことは「良かった」ことなのだ。今回マスダの不備不始末に今も怒り心頭の方もおられようが、申し訳なくもさておき、結果としてこの我の持つ様々な問題点にようやく気がつかされたことだけ捉えてもやはりすべてが「良いこと」だったと今思えてきた。
今回の「有馬敲の詩とうたの世界コンサート」について記すのはこれで終わりにしたい。当ブログの読み手の方も含めて、マスダと関わって頂いた全ての方々にこの場を借りて心から感謝したい。有難うございました。おかげさまで無事に盛況のうちにコンサートは終わりましたと。
世の中には、あいつは自分勝手、自分のことしか考えないと批判される人がいる。我もまたそう言われることが多いが、実は自分のことしか考えていないのではなく、自分のことすら考えていないのである。そこのところを間違えないでもらいたい。オレはそんな独善的に堅実な人間ではない。もっと破滅的にだらしない自己否定の人間なのだ。
そう、基本的にいつだって何事にも無計画で無頓着でだらしなく、どのような大事なことであっても計画立てて遂行などできやしない。子供の頃の夏休みの宿題だって、日ごとにやるべき計画は立てても絶対守れないと気づき、以後、今日までほぼ常に行き当たりばったり、その場しのぎで自分のことすら考えずにテキトーに生きてきた。
そのような人間が、他人様と共に金が動くある程度大きなイベントを企画してきちんと成功するはずがない。自分でもほんとそう思う。だから今までは常に失敗ばかり繰り返してきた。つまり実人生がそのまま投影されて何事も万事結果的に「成功」などするはずがなかった。それが必然的常識である。神様はそんなに甘くない。
そう思うとき、真黒毛のオーツキ氏が言うように、実に初めてこの我にしては珍しく満席となり興行的に成功できた。儲けたとおもわれるかもしれないが、ぶっちゃけた話、京都から有馬さんを新幹線でお招きしホテルも一泊とって、ライブハウスも一日借りきって他の出演者たちにほんのお車代のギャラを支払うと満席でもほぼトントンなのである。それも有馬御大自らが詩関係の出版社に大いに宣伝し働きかけた努力も大きいこともあえて記す。
もとより赤字覚悟で始めた企画であったから赤字にならずに済んだだけ大いなる「成功」と言えようが、それでも関わった誰もが満足や納得されたわけではない。先にも書いたが事前の説明不足も含めて我の手際の悪さもあって打ち上げでは不満噴出であった。その辛さも「成功」のうちだと受け入れるしかないのである。
さておき企画者の儲けなど出ないのがこの世界の常識だとしても、それが恒常化、常態的常識化してしまえば、誰も赤字覚悟でイベントなどできなくなるし、これはよほどの金持ちか物好きの道楽だと割り切ることは文化に対する侮蔑だと思う。俺のやっていることは芸能ではなく「文化」だという矜持はこれでも持っている。
ただこんな世知辛い時代に、おそらくアベノミクスによる好景気の恩恵など誰も受けていない方たち相手に、予約3千円、当日3500円という料金をとり、それに見合ったステージがそこにあったか、観客は満足、納得されたものか主催側には判断は下せない。が、その答えはやがてこの身に帰ってくるのであろう。それを真摯に受け止めたい。
ただ、とにもかくにも不手際は多々あろうと満席の観客が来て頂き、時間はかなり延びてもコンサートは盛況のうちに終わったのだから良しとしようと思った。
そして今日、京都に戻られた有馬さんご当人と電話で長話し、大いに満足され実に素晴らしいコンサートだったと感謝すらされたことで、ようやくこの11.30のイベントが終わった実感を抱いた。本人も未だ興奮気味で、若い人たちとの出会いで元気をもらったとたいそうお元気そうであるのは電話口からもうかがえた。
彼は我が母と同世代でご子息は我と同い年のはずだから、いわば親孝行したという気さえしている。ならばやはりこのコンサートは企画して良かったのだ。師匠有馬敲のために彼が生きて元気で動けるうちにこのコンサートが実現できて本当に良かった。これこそ我のような不肖の弟子ができる「恩返し」なのである。
先に、興行的には大成功、個人的には大失敗と拙ブログに書いたが、それはそのままにしておくとしても、今の気分では撤回したい。とても私的には成功したとは口が裂けても言えないが、ともかく企画したことは「良かった」ことなのだ。今回マスダの不備不始末に今も怒り心頭の方もおられようが、申し訳なくもさておき、結果としてこの我の持つ様々な問題点にようやく気がつかされたことだけ捉えてもやはりすべてが「良いこと」だったと今思えてきた。
今回の「有馬敲の詩とうたの世界コンサート」について記すのはこれで終わりにしたい。当ブログの読み手の方も含めて、マスダと関わって頂いた全ての方々にこの場を借りて心から感謝したい。有難うございました。おかげさまで無事に盛況のうちにコンサートは終わりましたと。
次のライブは「鈴木翁二」を。 ― 2014年12月03日 11時58分42秒
★「詩」の次は、漫画と酒の師匠をお招きする アクセスランキング: 71位
とにもかくにも詩人有馬敲さんとのフォークソングコンサートは終わった。あれこれ裏の事情も書いたが、考えてみれば、それは実際に来られ観て頂いたお客とは関係のない話でもある。
コンサートはコンサートとして成立していたと思うし、失敗か成功か、満足か不満足であるかは、それぞれ個々の人それぞれの感覚、捉え方でしかない。
だからあんなこと、主催者の気持ちや是非の判断は書くとマイナスにはなってもプラスにはならないと今冷静になれば気づく。しかし、短絡バカだから即ああ書いたし、何より自分の気持ちを偽ってまでもしたり顔で、素晴らしいコンサートになりました、お客様も入りきれないほど来られました、万事大成功!とプラス面だけ誇って自画自賛はできない。そういう人間なのだから、先に記した今回のマイナス面を真摯に反省し課題から学んで次へとつなげるしかない。※前回の失敗したコンサートについて、あれだけ繰り返し自問自答して書いたのだから、今回が「成功」したとしても自らの気持ちについてはっきりと記さないのは卑怯であり片手落ちだと考える。そういう思考回路なのだ。
さておき、これで詩の師匠には「恩返し」も成ったと思える。終わって大いに喜んでもらえてほっとした。ならば良いことをしたであろう。何はともあれ大盛況となって本当に良かった。
で、次であるが、今度は、マス坊の漫画の師匠というか、正しくは酒を教えてくれた「師匠」に報いなければならない。それは過去にも拙ブログ他で書いたと思うが、青林堂の月刊漫画「ガロ」でマンガを描いていた、鈴木翁二(すずきおーじ)さんという方で、知る人ぞ知る、人気マンガ家であり、実は、シンガーソングライターでもあるのだ。※詳しいことは検索でもかけてください。
高校生の頃、ファンレターを送って知り合い、彼の漫画のアシスタントのようなことをやっては、新宿や吉祥寺、阿佐ヶ谷などで夜通し飲み歩くのに連れてもらっていた。それがギャラ替わりであった。いせやもぐゎらん堂も彼に連れていってもらい知ったのではなかったか。酒の味、呑み方も彼から一から教わった。
何十年も疎遠であったが、先年また連絡をとり合うようになって、彼がライブのときなどで東京に出てくるときは、またアシスタントとしてギター運んだり何やかやお手伝いしては酒を酌み交わしている。
オージさんは、今、北海道にお住まいで、今は漫画よりもイラストレーター、画家として活躍されている。その傍ら、昔知り合った頃からやっていた「音楽活動」も続けていてオフノートから既にCDも出している歌い手でもあるのだ。
有馬さんのほうがやっと終わったので、昨日、彼と電話で話し、来年早春にでも、三か所ぐらい回る「東京ツアー」を企画することが決定した。が、場所日時など詳細を詰める以前に、たぶん一度、来年明けでもこちらから北海道に、下準備と打ち合わせのため出向くことになりそうだ。
ただ、もうやることは確定しているし、たぶん彼と親しいシバや鈴木常吉とかも一緒にやることになるかと思うので、調整のうえ詳細がはっきりしてきたらまず当ブログで発表するのでご期待願いたい。
来春は、京都のほうでは、故藤村直樹さんの追悼コンサートが拾得であり、有馬さんからも電話で、マスダはんも来るように、とお達しがあったので、京都にも久々に行かねばならない。北海道に、京都。こいつあ春から忙しくなるぞ。
とにもかくにも詩人有馬敲さんとのフォークソングコンサートは終わった。あれこれ裏の事情も書いたが、考えてみれば、それは実際に来られ観て頂いたお客とは関係のない話でもある。
コンサートはコンサートとして成立していたと思うし、失敗か成功か、満足か不満足であるかは、それぞれ個々の人それぞれの感覚、捉え方でしかない。
だからあんなこと、主催者の気持ちや是非の判断は書くとマイナスにはなってもプラスにはならないと今冷静になれば気づく。しかし、短絡バカだから即ああ書いたし、何より自分の気持ちを偽ってまでもしたり顔で、素晴らしいコンサートになりました、お客様も入りきれないほど来られました、万事大成功!とプラス面だけ誇って自画自賛はできない。そういう人間なのだから、先に記した今回のマイナス面を真摯に反省し課題から学んで次へとつなげるしかない。※前回の失敗したコンサートについて、あれだけ繰り返し自問自答して書いたのだから、今回が「成功」したとしても自らの気持ちについてはっきりと記さないのは卑怯であり片手落ちだと考える。そういう思考回路なのだ。
さておき、これで詩の師匠には「恩返し」も成ったと思える。終わって大いに喜んでもらえてほっとした。ならば良いことをしたであろう。何はともあれ大盛況となって本当に良かった。
で、次であるが、今度は、マス坊の漫画の師匠というか、正しくは酒を教えてくれた「師匠」に報いなければならない。それは過去にも拙ブログ他で書いたと思うが、青林堂の月刊漫画「ガロ」でマンガを描いていた、鈴木翁二(すずきおーじ)さんという方で、知る人ぞ知る、人気マンガ家であり、実は、シンガーソングライターでもあるのだ。※詳しいことは検索でもかけてください。
高校生の頃、ファンレターを送って知り合い、彼の漫画のアシスタントのようなことをやっては、新宿や吉祥寺、阿佐ヶ谷などで夜通し飲み歩くのに連れてもらっていた。それがギャラ替わりであった。いせやもぐゎらん堂も彼に連れていってもらい知ったのではなかったか。酒の味、呑み方も彼から一から教わった。
何十年も疎遠であったが、先年また連絡をとり合うようになって、彼がライブのときなどで東京に出てくるときは、またアシスタントとしてギター運んだり何やかやお手伝いしては酒を酌み交わしている。
オージさんは、今、北海道にお住まいで、今は漫画よりもイラストレーター、画家として活躍されている。その傍ら、昔知り合った頃からやっていた「音楽活動」も続けていてオフノートから既にCDも出している歌い手でもあるのだ。
有馬さんのほうがやっと終わったので、昨日、彼と電話で話し、来年早春にでも、三か所ぐらい回る「東京ツアー」を企画することが決定した。が、場所日時など詳細を詰める以前に、たぶん一度、来年明けでもこちらから北海道に、下準備と打ち合わせのため出向くことになりそうだ。
ただ、もうやることは確定しているし、たぶん彼と親しいシバや鈴木常吉とかも一緒にやることになるかと思うので、調整のうえ詳細がはっきりしてきたらまず当ブログで発表するのでご期待願いたい。
来春は、京都のほうでは、故藤村直樹さんの追悼コンサートが拾得であり、有馬さんからも電話で、マスダはんも来るように、とお達しがあったので、京都にも久々に行かねばならない。北海道に、京都。こいつあ春から忙しくなるぞ。
さて、総選挙、あなたは安倍政権を信任しますか。 ― 2014年12月04日 20時18分50秒
★当ブログの読み手の方々に説いても今さらだが。 ランキング: 86位
つい先日まで、イベントで忙しく、終わっても後始末というべきか、心の置き所がうまくみつからず、もたもたしているうちに、衆院選が始まってしまった。
「この道しかない」とアベノミクスの継続を訴え、経済政策の順調さを誇って、その一点で是非を問う自公に対して、他の争点も持ち出し、実のところそのアベノミクスさえ破綻しつつあるのだと訴える民主党ら野党と対決色は強く出ているが、何か突然の選挙戦はあまり盛り上がっていないように感じるのは自分だけか。
そもそも今回の解散、総選挙には大義はないのである。あれだけの絶対安定多数を誇る与党とすれば、まだ任期も2年近く残しその議席を投げたす理由はどこにもない。
しかし、このところ閣僚の不祥事や円安や株価だけは上がっても庶民には何の恩恵がないことからじわしわと支持率は下がり出し、そのアベノミクスも?マークが付き始め黄色信号が点滅し始めたから、政権閣僚らはヤバいと焦り出し、今なら選挙やれば勝てると踏んでの賭けに出たに過ぎない。確かに今も自民の支持率は他党よりかなり高いし小選挙区ではほとんどの議席を握っている。他党が結束して立ち向かわない限りまず安穏としていられる。いや、結束したとしても現職を落とすほどの逆風が吹かない限りまず安泰だ。
その上に、今も一見好調に見えるアベノミクスである。この二年間に彼らがしてきた悪行の限りは争点に上げずに、とにもかくにもアベノミクス1本で、過去に経済政策も含めて失敗と迷走に終始した民主党を圧倒するつもりでいるのだ。
そして多くの日本人は、まあ、せっかくここまで景気回復したのだからもう少し彼らに政権を任せてみるか、ここでまた政権が変わったり、与野党伯仲して政治が停滞し進まなくなると景気が悪くなるし、と考え、自公を信任するのであろう。
ここまで書いて、暗澹たる気持ちになってしまう。総選挙に至る巧みなシナリオも、自公がまたもや勝つであろう「結果」も全て理解できるからだ。現行の選挙制度の不備もあるが、現段階で国民の多くが安倍政権を結果として信任することはまず間違いない。民主党はようやく選挙戦が始まっていきなり対決色を強く打ち出してきたが、そもそもそんなことを言える立場ではないのである。あれだけ国民を裏切ってきた彼らにもう一度政権を託すほど国民はお人好しでもバカでもない。
3.11からわずか3年でまたもや原発再稼働を求める自治体が多い日本人の身上、そのメンタリティから考えれば、常に頭にあるのは目先の景気だけであろうし、安全保障も憲法も脱原発も秘密保護法も選挙の争点にはなりえない。
つまり人は、景気対策、仕事が増えて金が入ってきそうなら、その雰囲気や臭いだけで、つられて甘言にまんまと騙されるのである。よく投資詐欺で、何千万も騙し取られた人が出るが、もともとそれだけの金を持っているのにさらに欲かいて、金の臭いにつられて巧みな詐欺話を信じ込んでしまうのだ。
そしてこのアベノミクスという詐欺商法。件の和牛詐欺ではないが、破綻寸前まで奴らは会員を募り、絶対儲かる儲け話なんですよ、と巧みに勧誘する。その口車に乗ってしまえば後は金は巻き取られ投資した者は後悔のどん底に落とされる。
しかしそれを嗤うのはたやすい。人は常に期待を込めて良いように信じてしまうものなのだから。つまり、胡散臭いとううすうす感じていても信じてみたいと願うのである。最初から常にシニカルに、絶対に景気なんて良くならない、やがて近いうち戦争が起きてウチの息子は戦争に引っ張られる、原発は稼働すれば大地震でまたメルトダウンしてしまうと「予測」するよりそんなことは絶対に起きないはずと願いを込めて安倍氏らの言うことを信じるのである。アメリカと一緒に日本が海外で戦争なんかしないはず、原発事故ももう二度と起きないのだと。
やがて景気はもっと良くなって庶民の懐もどんどん豊かになっていく。また再び高度経済成長の時代が来て日本は強い国になっていく。地方も活性化され女性が社会の中でもっと活躍できる。そうした期待と金の臭いが、匂いだけでも漂って来れば、そういううまい詐欺話に人は喜んで自ら飛び乗るだろう。
聖書を読むと、旧約などは常に民の堕落や苦難のときに対し、神からのメッセージである、悔い改めるよう「預言」を語る様々な預言者が現れる。しかし、結局のところ民は悔い改めることなく、ついには神の子すら殺すのに同意してしまうのである。
人類の歴史とは、そうしたものの繰り返しで、民や国家のために様々な警告や諫言を口にした者すら不吉なことを説いて人心を乱したと獄に閉じ込めときに殺しもした。そして多くの場合、その「預言」はじっさいにかないその国家、民族は滅ぶのである。
アベノミクスは財界と政治家、それに日銀、御用学者一体となった国家的詐欺であり、早晩破綻する。結果として日本経済が破滅へ向かうだけでなく、安倍政権のさらなる長期化の先にあるものは日本そのものの日本人全体の破滅、地獄への道筋でしかない。
拙ブログの読者方は賢明であり、護憲と脱原発、反戦の思想の持ち主であろうし、そしてアベノミクスという詐欺にもとっくにお気づきだと信ずるから、彼らを「信任」など絶対にしない。しかし、人は、いや、自分もだが、空腹のときなど、おいしそうな匂いがどこかしらすると、つい足を止めてその店にふらっと入ってしまうものなのである。その店がすごく不味いか、べらぼうに高いかは入ってみないとわからなくとも。
しかし、安倍氏のその店は、いくら待っていてもなかなか料理が出てこないのだからそろそろ何かオカシイぞと普通は考えると思うはずなのだが。いや、厨房からいい匂いだけはしてくるからきっと次こそは自分のテーブルにもその皿が出てくると期待してただ待ち続けるのが日本人なのかもしれない。
俺ならそんな店に絶対に入らない。だって今そこは三代目だが、初代からものすごく不味くて高くて客をひどい目に合わせた店なのだから。みんなマスコミに騙されているのだ。
つい先日まで、イベントで忙しく、終わっても後始末というべきか、心の置き所がうまくみつからず、もたもたしているうちに、衆院選が始まってしまった。
「この道しかない」とアベノミクスの継続を訴え、経済政策の順調さを誇って、その一点で是非を問う自公に対して、他の争点も持ち出し、実のところそのアベノミクスさえ破綻しつつあるのだと訴える民主党ら野党と対決色は強く出ているが、何か突然の選挙戦はあまり盛り上がっていないように感じるのは自分だけか。
そもそも今回の解散、総選挙には大義はないのである。あれだけの絶対安定多数を誇る与党とすれば、まだ任期も2年近く残しその議席を投げたす理由はどこにもない。
しかし、このところ閣僚の不祥事や円安や株価だけは上がっても庶民には何の恩恵がないことからじわしわと支持率は下がり出し、そのアベノミクスも?マークが付き始め黄色信号が点滅し始めたから、政権閣僚らはヤバいと焦り出し、今なら選挙やれば勝てると踏んでの賭けに出たに過ぎない。確かに今も自民の支持率は他党よりかなり高いし小選挙区ではほとんどの議席を握っている。他党が結束して立ち向かわない限りまず安穏としていられる。いや、結束したとしても現職を落とすほどの逆風が吹かない限りまず安泰だ。
その上に、今も一見好調に見えるアベノミクスである。この二年間に彼らがしてきた悪行の限りは争点に上げずに、とにもかくにもアベノミクス1本で、過去に経済政策も含めて失敗と迷走に終始した民主党を圧倒するつもりでいるのだ。
そして多くの日本人は、まあ、せっかくここまで景気回復したのだからもう少し彼らに政権を任せてみるか、ここでまた政権が変わったり、与野党伯仲して政治が停滞し進まなくなると景気が悪くなるし、と考え、自公を信任するのであろう。
ここまで書いて、暗澹たる気持ちになってしまう。総選挙に至る巧みなシナリオも、自公がまたもや勝つであろう「結果」も全て理解できるからだ。現行の選挙制度の不備もあるが、現段階で国民の多くが安倍政権を結果として信任することはまず間違いない。民主党はようやく選挙戦が始まっていきなり対決色を強く打ち出してきたが、そもそもそんなことを言える立場ではないのである。あれだけ国民を裏切ってきた彼らにもう一度政権を託すほど国民はお人好しでもバカでもない。
3.11からわずか3年でまたもや原発再稼働を求める自治体が多い日本人の身上、そのメンタリティから考えれば、常に頭にあるのは目先の景気だけであろうし、安全保障も憲法も脱原発も秘密保護法も選挙の争点にはなりえない。
つまり人は、景気対策、仕事が増えて金が入ってきそうなら、その雰囲気や臭いだけで、つられて甘言にまんまと騙されるのである。よく投資詐欺で、何千万も騙し取られた人が出るが、もともとそれだけの金を持っているのにさらに欲かいて、金の臭いにつられて巧みな詐欺話を信じ込んでしまうのだ。
そしてこのアベノミクスという詐欺商法。件の和牛詐欺ではないが、破綻寸前まで奴らは会員を募り、絶対儲かる儲け話なんですよ、と巧みに勧誘する。その口車に乗ってしまえば後は金は巻き取られ投資した者は後悔のどん底に落とされる。
しかしそれを嗤うのはたやすい。人は常に期待を込めて良いように信じてしまうものなのだから。つまり、胡散臭いとううすうす感じていても信じてみたいと願うのである。最初から常にシニカルに、絶対に景気なんて良くならない、やがて近いうち戦争が起きてウチの息子は戦争に引っ張られる、原発は稼働すれば大地震でまたメルトダウンしてしまうと「予測」するよりそんなことは絶対に起きないはずと願いを込めて安倍氏らの言うことを信じるのである。アメリカと一緒に日本が海外で戦争なんかしないはず、原発事故ももう二度と起きないのだと。
やがて景気はもっと良くなって庶民の懐もどんどん豊かになっていく。また再び高度経済成長の時代が来て日本は強い国になっていく。地方も活性化され女性が社会の中でもっと活躍できる。そうした期待と金の臭いが、匂いだけでも漂って来れば、そういううまい詐欺話に人は喜んで自ら飛び乗るだろう。
聖書を読むと、旧約などは常に民の堕落や苦難のときに対し、神からのメッセージである、悔い改めるよう「預言」を語る様々な預言者が現れる。しかし、結局のところ民は悔い改めることなく、ついには神の子すら殺すのに同意してしまうのである。
人類の歴史とは、そうしたものの繰り返しで、民や国家のために様々な警告や諫言を口にした者すら不吉なことを説いて人心を乱したと獄に閉じ込めときに殺しもした。そして多くの場合、その「預言」はじっさいにかないその国家、民族は滅ぶのである。
アベノミクスは財界と政治家、それに日銀、御用学者一体となった国家的詐欺であり、早晩破綻する。結果として日本経済が破滅へ向かうだけでなく、安倍政権のさらなる長期化の先にあるものは日本そのものの日本人全体の破滅、地獄への道筋でしかない。
拙ブログの読者方は賢明であり、護憲と脱原発、反戦の思想の持ち主であろうし、そしてアベノミクスという詐欺にもとっくにお気づきだと信ずるから、彼らを「信任」など絶対にしない。しかし、人は、いや、自分もだが、空腹のときなど、おいしそうな匂いがどこかしらすると、つい足を止めてその店にふらっと入ってしまうものなのである。その店がすごく不味いか、べらぼうに高いかは入ってみないとわからなくとも。
しかし、安倍氏のその店は、いくら待っていてもなかなか料理が出てこないのだからそろそろ何かオカシイぞと普通は考えると思うはずなのだが。いや、厨房からいい匂いだけはしてくるからきっと次こそは自分のテーブルにもその皿が出てくると期待してただ待ち続けるのが日本人なのかもしれない。
俺ならそんな店に絶対に入らない。だって今そこは三代目だが、初代からものすごく不味くて高くて客をひどい目に合わせた店なのだから。みんなマスコミに騙されているのだ。
甲州街道はもう冬なのさ ― 2014年12月05日 13時39分59秒
★新たなこと、知らない道、初めての町を走る喜び アクセスランキング: 88位
11月末のイベントはとにもかくにも盛況の裡に終わった。で、肉体疲労より心の疲れ、気分転換も兼ねて、3~4日の水木とウチの車で一人で犬たち連れて古民家で一泊してきた。むろん倉庫の本や雑誌を満載してだ。
行った水曜は晴れて富士や南アルプス、八ヶ岳も望めまあまあの天気であったが、翌日は朝から小雨が降り出したと思ったら雪になり、積もるほどではないが、ちょっと驚かされた。後でラジオを聴いたら、甲府でも初冠雪とのことで、例年より早いらしい。
古民家には今きちんとした暖房がないからともかく寒い。前の晩は近くの温泉に行きあったまったまま即布団に入って早く寝てしまった。そしたら早朝というよりまだ深夜に近い午前3時半ごろに目覚めてしまい、それからはもう眠れず、運び込んだままたったオーディオをセットアップして鳴らしたりして夜が明けるのを待っていた。先にも書いたが、犬は一緒に寝てもちっとも暖かくないどころか熟睡できなくなるので、彼らは玄関の土間に毛布しいて寝かせたのだ。おかげで熟睡でき早く寝て早く起きたという次第。
12月に入った途端、北杜市須玉の江草でも初雪が降り、このまま去年の冬のように大雪になることを危ぶむ気がして早く帰ることにして午前9時過ぎには家を出た。が、早朝の雪は幸いすぐに雨となりそれも降ったりやんだりの弱い雨だったので、慌てることはないと、韮崎まで走り、道の駅や農協の直売所で野菜やりんごなどたくさん買い込み、韮崎インターから高速に乗ることにした。
いつもはそうして野菜などの買い物だけ済ますとすぐさま高速に乗って八王子までSAなどで休むことなくひた走りで一気に帰る。積んできた荷物もないのと、道は基本東京までひたすら下り坂になっているのでガソリンも行きよりくわないし、ともかくスピードも出せる。早ければ約一時間で八王子に着いてしまう。
でも今回はうんと時間もあったことと、残してきた老親たちはデイサービスに行って不在の日でもあったので、初めて韮崎の市街をゆっくり探索して昼飯でも食べてから帰ることにしたのだ。目的の一つに、以前そこのタウン誌でチェックしていた楽器兼レコード屋を訪れることもあった。以前訪れた新潟の巻町でも駅前にかなり大きくて歴史ある楽器店があって、デッドストックになったようなハーモニカなど楽器アクセサリーがあったのだ。今回もその店、たぶん韮崎市でもはや一軒だけだと思うが、そこへ初めて寄って見かけたことないタイプのカポタストを買った。
それからインターに入って一路八王子へと考えたが、ふいに気が変わって、時間もあるならば、いっそ一般道でこのまま甲州街道で八王子まで戻ってみたらどうかと考えた。
そして実際にそれをやってみた。ウチに戻ったのは夕方4時半近く。途中であちこち寄っては食事したり休んだりと時間潰したこともあったが、昼前に韮崎を出たのだから実走で三倍は時間かかったかとおもう。しかし実に面白かった。
小雨降る中であったが、初めての道、知らない町を初めて走ることは発見の連続であり、とてつなくエキサイティングであった。まるで外国にいるかのような気持ちがした。人生とは、人生の価値とはこれだとさえ思えた。長くなるのでもう一回書き足す。
11月末のイベントはとにもかくにも盛況の裡に終わった。で、肉体疲労より心の疲れ、気分転換も兼ねて、3~4日の水木とウチの車で一人で犬たち連れて古民家で一泊してきた。むろん倉庫の本や雑誌を満載してだ。
行った水曜は晴れて富士や南アルプス、八ヶ岳も望めまあまあの天気であったが、翌日は朝から小雨が降り出したと思ったら雪になり、積もるほどではないが、ちょっと驚かされた。後でラジオを聴いたら、甲府でも初冠雪とのことで、例年より早いらしい。
古民家には今きちんとした暖房がないからともかく寒い。前の晩は近くの温泉に行きあったまったまま即布団に入って早く寝てしまった。そしたら早朝というよりまだ深夜に近い午前3時半ごろに目覚めてしまい、それからはもう眠れず、運び込んだままたったオーディオをセットアップして鳴らしたりして夜が明けるのを待っていた。先にも書いたが、犬は一緒に寝てもちっとも暖かくないどころか熟睡できなくなるので、彼らは玄関の土間に毛布しいて寝かせたのだ。おかげで熟睡でき早く寝て早く起きたという次第。
12月に入った途端、北杜市須玉の江草でも初雪が降り、このまま去年の冬のように大雪になることを危ぶむ気がして早く帰ることにして午前9時過ぎには家を出た。が、早朝の雪は幸いすぐに雨となりそれも降ったりやんだりの弱い雨だったので、慌てることはないと、韮崎まで走り、道の駅や農協の直売所で野菜やりんごなどたくさん買い込み、韮崎インターから高速に乗ることにした。
いつもはそうして野菜などの買い物だけ済ますとすぐさま高速に乗って八王子までSAなどで休むことなくひた走りで一気に帰る。積んできた荷物もないのと、道は基本東京までひたすら下り坂になっているのでガソリンも行きよりくわないし、ともかくスピードも出せる。早ければ約一時間で八王子に着いてしまう。
でも今回はうんと時間もあったことと、残してきた老親たちはデイサービスに行って不在の日でもあったので、初めて韮崎の市街をゆっくり探索して昼飯でも食べてから帰ることにしたのだ。目的の一つに、以前そこのタウン誌でチェックしていた楽器兼レコード屋を訪れることもあった。以前訪れた新潟の巻町でも駅前にかなり大きくて歴史ある楽器店があって、デッドストックになったようなハーモニカなど楽器アクセサリーがあったのだ。今回もその店、たぶん韮崎市でもはや一軒だけだと思うが、そこへ初めて寄って見かけたことないタイプのカポタストを買った。
それからインターに入って一路八王子へと考えたが、ふいに気が変わって、時間もあるならば、いっそ一般道でこのまま甲州街道で八王子まで戻ってみたらどうかと考えた。
そして実際にそれをやってみた。ウチに戻ったのは夕方4時半近く。途中であちこち寄っては食事したり休んだりと時間潰したこともあったが、昼前に韮崎を出たのだから実走で三倍は時間かかったかとおもう。しかし実に面白かった。
小雨降る中であったが、初めての道、知らない町を初めて走ることは発見の連続であり、とてつなくエキサイティングであった。まるで外国にいるかのような気持ちがした。人生とは、人生の価値とはこれだとさえ思えた。長くなるのでもう一回書き足す。
甲州街道は~・続き ― 2014年12月06日 23時53分45秒
★初めての道、知らない街並み、新しいことを アクセスランキング: 85位
ふとした縁で、山梨県北杜市江草の古民家と関わりを持ちようになって一年半が過ぎた。一番最初にその地、山里にあるその古い家を訪れたのは去年の5月の連休であった。以後、平均すれば月に二回程度だとしても今まで約30回は通っている計算になる。
最初の頃は、行けばすべてが物珍しく新鮮で興奮の連続であったが、回を重ねてその地に慣れ親しみ詳しくもなっていくと、全てが既知のものと化して何事にも驚きも感動もしなくなってしまった。
風景もその古民家も同様で、当初の感動と興奮は時と共に、回を重ねるごとに色褪せ失われていく。それは人生全てのことが同じであろう。
新しいところ、見知らぬ土地に越してきたときは、全てが新鮮でエキサイティングだが、長くそこに住み、住み慣れるにつれ何事にも関心は薄れただの「日常」になっていく。それは場所だけでなくとりまく環境もまた同じことで、新しい学校や職場、いや人間関係でさえも同様に違いない。
熱烈な恋愛で結ばれた夫婦であっても何十年も連れ添えばやがては愛も冷え関係もマンネリ化し双方がうんざりもし離婚に至ることすらあろう。
つまり何事も喜びや感動も伴う最初の出会い=「非日常」が、時の経過と関係の深まりと比例して「日常」化していくと気持ちまでが麻痺、弛緩して当初の本質的な「価値」を失ってしまうのである。おそらく誰もがそうであろうと想像する。
そして人が生きること=人生とはおうおうにしてそうしたことの繰り返しであり、だからこそ刺激が、ときたまの旅行とか、引っ越し、それすらもできなければ部屋の模様替えとか、衣装ダンスの整理とか大掃除とか、気分転換の外食とか、ともかくマンネリ化しうんざりした「日常」からの脱出をはかるしかない。
その中で一番効果的なのは、一時的にでも日常から完全に離れることのできる旅行、それも言葉すらも全く違う環境へ長く身を置く海外旅行であり、国内なら遠方への長期旅行であろう。
この我も、山梨のその古民家に憧れて、「別荘」としてその地に通うことが出来たらと望んだのは、今住んでいる家と生活から一時的に離れる場所、非日常を欲したからで、知らない地の知らない家に身を置くことはとてもなくエキサイティングかつ気分転換となるからであった。
が、それが一年過ぎてしまうと、初めてだったことはじょじょに既知のことの繰り返しともなるし、つまるところ行くたびに全てが日常化してしまう。慣れるにつれ東京の家と山梨県北斗の家と場所は違えどそれぞれが日常となってしまうと、単なる移動でしかなくそこに何も喜びも目新しさも感動もなくなってしまった。
むろんのこと山梨のその地は環境は素晴らしいし、行ってもほとんど誰一人合わず人間関係の煩わしさも何もないので気分転換や頭や心を落ち着かせることはできる。しかし当初あった、行くたびのわくわくするような気持ちや知らないが故のドキドキする不安さは消えてしまうと当初の「価値」すらなくなったようで当初の感激や興奮はどこに消えたのかと自ら訝しくさえ思うようであった。
つまるところ、東京と山梨に二つ家があろうと、どちらも日常であるならばどっちに行ってもどちらにいたとしても気持ちはリフレッシュできないことになる。じっさい向こうにも本や雑誌を運び入れてしまったから行けば、まずは本の作業が待っているわけで、こっちと同じことが待っているだけだ。まあ向こうは家も環境も全てが広いから鬱屈することはまずないけれども。
ぜいたくな悩みと言われようが、人には定期的に非日常が必要であり、日常に倦むときにこそ何か非日常的なことへ脱出をはかることができるかどうかが問われているのだ。
今回、韮崎から高速道ではなく甲州街道という一般道路で帰ってきてその「非日常」にものすごく興奮し感動すら覚えた。
八王子インターから向こうで下りる韮崎インターまで、ほぼ片道110キロ程度の走行距離があるわけだが、その間に当然ながらいくつもの地名を伴う町を通り過ぎている。が、高速道では、一般道とは隔絶された一方通行の専用レーンの中をただ走るだけでほとんど外の景色も見れないし降り口の地名は表示されるが、じっさいに降りない限りそこはどんな所かすらわからない。何回その道を通り過ぎようと馴染みとなったのは、いくつかのSAだけであり、そうした町々の地名だけは記憶に残っても八王子から韮崎への短時間での移動だけが目的でありその間にある街並みや各町村はいっさい無関係のままであった。
そして今回初めてその距離をじっさいに甲州街道という昔ながら歴史ある街道で走ってみてようやく八王子インターと韮崎インターという点と点の間にあるものがわかってきた。
韮崎からはすぐに甲府盆地に入るので、高速道路と変わらないほど広い道幅の幹線道路で快適にとばせるが、やがては勝沼を過ぎて笹子の山中に向かうにつれて昔ながらの狭い街道筋に変わるのも面白かったし何よりも走っていて高低がはっきりわかることが気持ち良かった。
韮崎から八王子までの間は、基本下り坂であって、途中いったん新笹子トンネルまで上りとなりまたずっとひたすら下っていく。そしてまた高尾手前の小仏トンネル、甲州街道では大垂水峠を前に上りとなって過ぎれば高尾山麓へと降りていく。そうしたじっさいの高低さは、中央高速では、トンネルなどもあるので運転していてもリアルに感じられない。が、一般道は当然ながら地面を走っているので走っていると実によくわかる。上ったり下ったり自らの運転で山道を走ることこそ本当の運転であり、その町を、距離をしっかり走っているのだと今回つくづく得心した。
昔ながらの茶屋に毛が生えたような古めかしいドライブインも残っていたし、トラックがすれ違えるかどうかほどの狭い街道でもそれぞれ町ごとの特色が見られて実に飽きなかった。
結局のところ、昼前に韮崎を出たはずなのに、途中、石和でカレーバイキングで昼食をとったり、甲斐大和の道の駅で休憩したり、清酒笹一酒蔵の工場売店で買い物したりとあちこち寄り道したので、家に戻れたのはもう夕方4時半であった。が、いつもは知らない風景や、高速道から見下ろすだけの町並をじっさいに走ってみて本当に楽しく満足できた。
考えてみれば、古本などの荷物満載して北斗市へ向かうときは高速を利用するしかないが、帰りは何も高速料金払って大急ぎで帰らなくてはならない理由はないのである。まして今回のように一人で時間もあるのならば高速代片道二千数百円を浮かして時間かかってものんびり甲州街道を散策しながら帰ってくれば良いではないか。
趣ある古い街並みや面白そうな店、素晴らしい風景がまだこの街道には残っていた。高速道路を一気に走っているときには出会えない素晴らしい感動が旧街道にはいっぱい残っていた。
しかも走行距離は実はこちらのほうが短いようなのである。高速は甲府盆地をやたら大回りしてかえって距離がかかっていたのだ。ガソリン代もさほど変わらない。基本下りばかりなのでゆっくり走っていてもガソリンは大して減らないのだ。時間がかかる以外良いことばかりであった。
非日常は実は視点を変えればどこにでもあったしすぐそこにあったのだ。人生をうまく乗り切るには、こうして初めての道を、知らない街並みを走るような新しいことを常にみつけていくしかない。むろんそれもまたいつかは日常化していくであろう。しかし、視点一つ変えれば存外どこにでもこうして知らない新しいことが実はまだまだあるのではないか。人間関係一つとっても。
ふとした縁で、山梨県北杜市江草の古民家と関わりを持ちようになって一年半が過ぎた。一番最初にその地、山里にあるその古い家を訪れたのは去年の5月の連休であった。以後、平均すれば月に二回程度だとしても今まで約30回は通っている計算になる。
最初の頃は、行けばすべてが物珍しく新鮮で興奮の連続であったが、回を重ねてその地に慣れ親しみ詳しくもなっていくと、全てが既知のものと化して何事にも驚きも感動もしなくなってしまった。
風景もその古民家も同様で、当初の感動と興奮は時と共に、回を重ねるごとに色褪せ失われていく。それは人生全てのことが同じであろう。
新しいところ、見知らぬ土地に越してきたときは、全てが新鮮でエキサイティングだが、長くそこに住み、住み慣れるにつれ何事にも関心は薄れただの「日常」になっていく。それは場所だけでなくとりまく環境もまた同じことで、新しい学校や職場、いや人間関係でさえも同様に違いない。
熱烈な恋愛で結ばれた夫婦であっても何十年も連れ添えばやがては愛も冷え関係もマンネリ化し双方がうんざりもし離婚に至ることすらあろう。
つまり何事も喜びや感動も伴う最初の出会い=「非日常」が、時の経過と関係の深まりと比例して「日常」化していくと気持ちまでが麻痺、弛緩して当初の本質的な「価値」を失ってしまうのである。おそらく誰もがそうであろうと想像する。
そして人が生きること=人生とはおうおうにしてそうしたことの繰り返しであり、だからこそ刺激が、ときたまの旅行とか、引っ越し、それすらもできなければ部屋の模様替えとか、衣装ダンスの整理とか大掃除とか、気分転換の外食とか、ともかくマンネリ化しうんざりした「日常」からの脱出をはかるしかない。
その中で一番効果的なのは、一時的にでも日常から完全に離れることのできる旅行、それも言葉すらも全く違う環境へ長く身を置く海外旅行であり、国内なら遠方への長期旅行であろう。
この我も、山梨のその古民家に憧れて、「別荘」としてその地に通うことが出来たらと望んだのは、今住んでいる家と生活から一時的に離れる場所、非日常を欲したからで、知らない地の知らない家に身を置くことはとてもなくエキサイティングかつ気分転換となるからであった。
が、それが一年過ぎてしまうと、初めてだったことはじょじょに既知のことの繰り返しともなるし、つまるところ行くたびに全てが日常化してしまう。慣れるにつれ東京の家と山梨県北斗の家と場所は違えどそれぞれが日常となってしまうと、単なる移動でしかなくそこに何も喜びも目新しさも感動もなくなってしまった。
むろんのこと山梨のその地は環境は素晴らしいし、行ってもほとんど誰一人合わず人間関係の煩わしさも何もないので気分転換や頭や心を落ち着かせることはできる。しかし当初あった、行くたびのわくわくするような気持ちや知らないが故のドキドキする不安さは消えてしまうと当初の「価値」すらなくなったようで当初の感激や興奮はどこに消えたのかと自ら訝しくさえ思うようであった。
つまるところ、東京と山梨に二つ家があろうと、どちらも日常であるならばどっちに行ってもどちらにいたとしても気持ちはリフレッシュできないことになる。じっさい向こうにも本や雑誌を運び入れてしまったから行けば、まずは本の作業が待っているわけで、こっちと同じことが待っているだけだ。まあ向こうは家も環境も全てが広いから鬱屈することはまずないけれども。
ぜいたくな悩みと言われようが、人には定期的に非日常が必要であり、日常に倦むときにこそ何か非日常的なことへ脱出をはかることができるかどうかが問われているのだ。
今回、韮崎から高速道ではなく甲州街道という一般道路で帰ってきてその「非日常」にものすごく興奮し感動すら覚えた。
八王子インターから向こうで下りる韮崎インターまで、ほぼ片道110キロ程度の走行距離があるわけだが、その間に当然ながらいくつもの地名を伴う町を通り過ぎている。が、高速道では、一般道とは隔絶された一方通行の専用レーンの中をただ走るだけでほとんど外の景色も見れないし降り口の地名は表示されるが、じっさいに降りない限りそこはどんな所かすらわからない。何回その道を通り過ぎようと馴染みとなったのは、いくつかのSAだけであり、そうした町々の地名だけは記憶に残っても八王子から韮崎への短時間での移動だけが目的でありその間にある街並みや各町村はいっさい無関係のままであった。
そして今回初めてその距離をじっさいに甲州街道という昔ながら歴史ある街道で走ってみてようやく八王子インターと韮崎インターという点と点の間にあるものがわかってきた。
韮崎からはすぐに甲府盆地に入るので、高速道路と変わらないほど広い道幅の幹線道路で快適にとばせるが、やがては勝沼を過ぎて笹子の山中に向かうにつれて昔ながらの狭い街道筋に変わるのも面白かったし何よりも走っていて高低がはっきりわかることが気持ち良かった。
韮崎から八王子までの間は、基本下り坂であって、途中いったん新笹子トンネルまで上りとなりまたずっとひたすら下っていく。そしてまた高尾手前の小仏トンネル、甲州街道では大垂水峠を前に上りとなって過ぎれば高尾山麓へと降りていく。そうしたじっさいの高低さは、中央高速では、トンネルなどもあるので運転していてもリアルに感じられない。が、一般道は当然ながら地面を走っているので走っていると実によくわかる。上ったり下ったり自らの運転で山道を走ることこそ本当の運転であり、その町を、距離をしっかり走っているのだと今回つくづく得心した。
昔ながらの茶屋に毛が生えたような古めかしいドライブインも残っていたし、トラックがすれ違えるかどうかほどの狭い街道でもそれぞれ町ごとの特色が見られて実に飽きなかった。
結局のところ、昼前に韮崎を出たはずなのに、途中、石和でカレーバイキングで昼食をとったり、甲斐大和の道の駅で休憩したり、清酒笹一酒蔵の工場売店で買い物したりとあちこち寄り道したので、家に戻れたのはもう夕方4時半であった。が、いつもは知らない風景や、高速道から見下ろすだけの町並をじっさいに走ってみて本当に楽しく満足できた。
考えてみれば、古本などの荷物満載して北斗市へ向かうときは高速を利用するしかないが、帰りは何も高速料金払って大急ぎで帰らなくてはならない理由はないのである。まして今回のように一人で時間もあるのならば高速代片道二千数百円を浮かして時間かかってものんびり甲州街道を散策しながら帰ってくれば良いではないか。
趣ある古い街並みや面白そうな店、素晴らしい風景がまだこの街道には残っていた。高速道路を一気に走っているときには出会えない素晴らしい感動が旧街道にはいっぱい残っていた。
しかも走行距離は実はこちらのほうが短いようなのである。高速は甲府盆地をやたら大回りしてかえって距離がかかっていたのだ。ガソリン代もさほど変わらない。基本下りばかりなのでゆっくり走っていてもガソリンは大して減らないのだ。時間がかかる以外良いことばかりであった。
非日常は実は視点を変えればどこにでもあったしすぐそこにあったのだ。人生をうまく乗り切るには、こうして初めての道を、知らない街並みを走るような新しいことを常にみつけていくしかない。むろんそれもまたいつかは日常化していくであろう。しかし、視点一つ変えれば存外どこにでもこうして知らない新しいことが実はまだまだあるのではないか。人間関係一つとっても。
12月23日(祝)無頼庵恒例・クリスマス謝恩ライブのお知らせとお誘い ― 2014年12月07日 23時06分49秒
★今年も無事感謝の気持ちを込めてBryanクリスマス謝恩ライブパーティへどなたでもお気軽にご参加ください。 アクセスランキング: 104位
今年もまた無頼庵では、クリスマスイブのイブの23日に、恒例のイベント、クリスマス謝恩フリーライブ&忘年会パーティを開催いたします。初めてご参加の方でもかまいません。皆でこの一年を振り返り、来年もまた無事に生き抜くためにも美味しい料理と素晴らしい音楽と楽しい語らいのときを皆で過ごしましょう。
ミュージシャン、アーチストは基本無料招待、何か当日、唄うなり弾くなりパフォーマンスなりの芸をご披露頂ければ幸いです。一般の無芸観客の方は、¥1500円で何時間でも飲み食い観覧といたします。
★出演 さこ大介 みほこん&みほこんず(順&マス坊) 三留まゆみ&映画塾有志 他 司会進行*奥主榮(詩人) ※飛び入り大歓迎!
★開場 午後3時頃 終演予定午後11時頃
★当日はまた薪ストーブで焼いた鶏の丸焼きなど豪華なクリスマスディナーを提供いたします。乞うご期待。
★当日ふらっとご来場もかまわないのですが、プログラムと料理準備の関係上、参加される方は、願わくば前日までに来場時間と人数などご一報いただけると助かります。
★問&申し込み マスダ 090-8175-8479
今年もまた無頼庵では、クリスマスイブのイブの23日に、恒例のイベント、クリスマス謝恩フリーライブ&忘年会パーティを開催いたします。初めてご参加の方でもかまいません。皆でこの一年を振り返り、来年もまた無事に生き抜くためにも美味しい料理と素晴らしい音楽と楽しい語らいのときを皆で過ごしましょう。
ミュージシャン、アーチストは基本無料招待、何か当日、唄うなり弾くなりパフォーマンスなりの芸をご披露頂ければ幸いです。一般の無芸観客の方は、¥1500円で何時間でも飲み食い観覧といたします。
★出演 さこ大介 みほこん&みほこんず(順&マス坊) 三留まゆみ&映画塾有志 他 司会進行*奥主榮(詩人) ※飛び入り大歓迎!
★開場 午後3時頃 終演予定午後11時頃
★当日はまた薪ストーブで焼いた鶏の丸焼きなど豪華なクリスマスディナーを提供いたします。乞うご期待。
★当日ふらっとご来場もかまわないのですが、プログラムと料理準備の関係上、参加される方は、願わくば前日までに来場時間と人数などご一報いただけると助かります。
★問&申し込み マスダ 090-8175-8479




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