拙くとも自分のうたを思い通りに2015年08月08日 15時38分33秒

★我にその力を与えよ              アクセスランキング: 97位

 うたは誰にでもできる簡単なことだ、と書いて来た。その考えは変わらない。だが、じっさいに人前でうたうこと、音楽をやってみるとその難しさ、深さを思い知った。うたは簡単だとしても音楽は実に難しく深い。

 昔から音楽は大好きで、人よりはその知識も多少の経験もありわかっているつもりでいた。もし、それが才能だとするならば、詞に曲をつけたり、コードを探し出しうたに伴奏をつけることだって大して苦労せずともできる。

 だが、人前でギター手にして唄うと常に必ず失敗してうまくいったためしがない。必ずどこかでコードやピッキングを間違えるのは毎度だが、肝心の「うた」だって、歌詞が出てこないでつまったり、順番や歌詞そのものを間違えてしまう。
 それが他人様の曲や練習していないのならあり得る。が、自分のつくった曲で、もう何年もずっと唄ってきているのに本番だと必ずトチる。
今まで一回として満足して唄い終えたときがない。いったい何故なんだろうか。自分でも嫌になる。

 一つに、練習不足ということがある。唄いこみが足りないから練習ではまあ何とかやれても本番となるとボロが出るのだ。
 だが、それよりも一番の理由は、我は極端な上がり症、気が小さい小心者だから、本番で観客を前にすると緊張してパニック障害的状態となってしまう。頭は真っ白になり、手はふるえドキドキ心臓は早くなりまったく余裕を失ってしまう。
 そしてまた失敗するのではないかという「不安」の通りに毎度また失敗して苦い思いでステージから降りる。

 みんな最初はそうだよと言われたが、まだまだ場数が足りないこともあるけれど、いっこうに直らない。人数の多寡に関係なく、ともかく人前となると緊張して100%失敗する。失敗する自信はある。

 もともとこれは親たちとか家庭環境から来るものだと今にして思うが、自分の心の根底には常に不安神経症と自己否定のダメ意識が強くあって、コトにおいて特に緊張し、意識すればするほどに興奮緊張してしまい、できることでも必ず失敗する。
 後で思えば、何であんな簡単なことができないのか、何故そんなことで躓くかと情けなく自らを責め苛む。
 親しい仲間を前にすれば、まずそんなことは起こらない。うまくやらねばという緊張のスイッチが入ったとたん言葉はつまり、指は動かず失敗が失敗の呼び水となってさらに頭は真っ白になって崩れていく。

 だから最初は、うたは作ったとしてもそれを提供する側として、唄ってくれる人に代わりにお願いし裏方として音楽に関わるつもりでいた。今やっているライブの企画構成だって根本のところは同じ事で、出番や曲順も含めて全体の構成を立てて、出演者たちに我に代わってうたってもらっているようなものなのである。我にはそれができないから。

 が、こんな無名な素人のうたなど誰もプロの方たちは唄うはずもない。唯一バイオリン弾き語りのみほこん嬢だけが、こちらが半ば騙したようなものだったが、関心をもってくれ我が楽曲を代わりに唄ってもくれた。有馬敲詩の「ヒロシマのクスノキ」だ。
 しかし、後になって彼女からも厳しく諭されたが、うたとはそもそも作った者のもので、そこに責任がある。まずその作り手がたとえどれほど下手でも自ら唄わねばならない。まさに我が理論的にそうであった。

 そしてそれからは、ともかく場数を踏んで慣れることだと自らに言い聞かせ、呼ばれもせずとも人前で演るようになった。が、相変わらず失敗続きのままで、先日の「反戦歌」コンサートでもみほこんたちと共に演ったのだが、やはりひどい出来に終わってしまった。
 企画側でもあったので練習不足ということもあった。しかしそんな言い訳もできないほど、相変わらずダメで、一人どんどん演奏が早くなり、みほこんたちの歌にも伴奏として合わせられなかった。
 良いコンサートとなっただけ、共演者にはご迷惑をかけ場を汚した思いで後々までも悔やみ自らを苛んだ。もう、やはり自分は人前でやるべきでないと決意した。裏方に徹するべきなのだと。

 しかし、どこで誰とやるかではなく、自分が関わって来た長い音楽人生を振り返れば、今では誰も知らない、歌われなくなったうたや、今でも、今こそどうしても唄いたいうた、うたわれるべきうたがたくさんあることに思い至る。そうしたうたたちは、たぶんこのマスダがうたわない限り時間と共に忘れ去られ消えていく。レコードなどになっていないものも多い。

 自分には人前でううまく歌える演れる才能はない。自信もない。でも関わりとしてそうしたうたとの関係まで断つ必要はないだろう。良い悪いかは別にして、自分には自分のつくった、唄いたいうたがある。歌わなければそれらは、水子のように日の目もみず闇に消えていく。それもまた可哀想に思える。
 
 本が自ら読まれることを求めてあるように、うたもまた唄われることを求めているのだと思う。特に作り手を喪ってしまったうたは、例えば高坂一潮さんの遺した楽曲のように、佳作、傑作がどれほどあろうとやがては忘れ去られ、そんな歌があったこともそんな人がいたことすらも世から消えてしまう。それはあまりにもったいない。

 今まで苦しい時も楽しい時もいつどんな時でも歌があり歌に救われてきた。ならばそろそろ恩返しをしていかねばならないと思う。

 我にうたう才能なし。だが、自分には自分のうたがあり、自分が唄わない限り消えてしまううたもたくさん抱えている。
 音楽のカミサマにひれ伏しても、どうか思い通りにそれらのうたをうたえる力を我に与えてくださいと祈る。

 今は亡き笠木透の遺したアルバムに「私に人生といえるものがあるなら」と同名の有名な曲のタイトルを付けたものがあるが、もし、僕に人生とよべるものがあり、まだそれが少しでも残されているとするならば、拙くても我が音楽=うたにそれを捧げたいと切に望む。