100まで生きよう2015年08月13日 22時40分19秒

★思いは届かず願いはかなわずとも       アクセスランキング: 158位

 またいい歳して失恋をした。が、死に損なったこの身なのだ。一潮さんの遺したうた「バイバイ」の歌詞ではないが、♪甘い夢をみてたのさ、恋する乙女になりたかったのさ、と、いつまでも嘆き悲しんだり韜晦にひたっている暇はない。
 いつかまた新しい恋を始める決意だけ抱いて、こんな自分を認め愛してくれる人と出会えることを神に祈って、さておき昨秋からあれこれトラブルや失態、さらに思わぬアクシデントで滞っていた懸案のことどもを本腰入れて一つづつ片づけていこう。
 ようやくほんとうに長い夢から覚めた気がしている。

 さて、先日も書いたことだが、人類の歴史、それも住民や大衆、つまり被支配者層から見た歴史は常に権力の前に敗北ばかりであった。
 このところ我は気がつくとwe shall overcome、「勝利の日まで」を口づさんでいるのだが、運動や闘いは続けていくとしても果たして本当にそんな日がいつか来るのだろうかとふと疑問にも思う。
 何度選挙をやっても自公政権、いや政治は良くはならず何も変わらないし、国会を何万人もの大衆が取り囲み抗議の声を上げたって安倍政治に異議を申し立てる人々の怒りの声は彼らに届かない。彼らはおかまいなしにまさに粛々と(暴走最悪)政治を前に進めていくだけ、であろう。

 しかし全て常に敗北に終わったとしても、問題は人は「そのとき」、ことにおいてどう行動したかが大事であって、最初から勝てっこないと諦めて、その悪法や悪事を許容してしまえば結果として賛意を示し加担したことになってしまう。それは選挙のときに、どうせ何も変わらないからと、棄権することと同じで、悪い奴らを利する結果になるだけだから。

 そう、政治を変えるのは実はごく簡単なことで、今の悪政に不満を持つ人たちが全員選挙に行き、投票率が80~90%になればすぐさま自公政権は転覆し政権を手放すのだから。今の悪政は、政治に失望し無関心となってしまった人たちが作り出したものと言って過言ではない。

 これは本という過去の記録物を扱う古本屋だから思うことなのかもしれないが、闘いの「結果」はもちろんのこと、そのとき、そこにいた人々は何を思い、どう行動したかが一番気になる。
 先の大戦、ウチの母たちの言う「大東亜戦争」もある日突然朝起きたら始まってたわけではないはずだ。そこに至る道筋が何年もあって、開戦の日を迎えたのだ。その歳月、当時生きた人たちは何を考えどうその時勢に向き合ったのだろうか。国民全員が唯唯諾諾、粛々と時の為政者にただ従ったのだろうか。

 国民誰もが戦争を待ち望みはしなかっただろう。戦争を回避する運動や反戦を説いた人たちもいたに違いない。それが何故に1945年の8月15日の敗戦の日まで、勝ち目のないまま無意味な戦争が長引いたのか。様々な本やメディアにはその責任の所在を問うものがあふれている。が、責任以上に、そのときはどういう時代であったのか、その時代を民衆はどう生きたのかが特に気になってしかたない。

 先だって愚かにも自らの失態により死に損なった者として、まだ健康に大きな不安はあるものの、ならばできるだけ長生きしてこの今の時代とそしてその先の行く末をとことん見続けて行きたいと強く願う。

 平成の時代とはどんなであったか。人々は何故安倍政権の暴走を許して再び戦争国家への道を歩む日本へと回帰してしまったのか。いや、その国民的試練を乗り越えて、真に民主的な、建前でなく平和憲法に則った政治体制を模索することができたのか。そうした闘いのミクロの一員として、マクロに時代を見て記録していきたい。
 どんな嫌な大変な時代であろうと、その時代に生まれたのだから時代に関わっていきたい。それこそがそこに生まれてきた者の使命なのではないか。

 100まで生きよう、といううたがあるが、今願うのは、ともかくうんと長生きして、そのときはいったいどんな時代であったか、敗北の歴史であろうとも人々はそのときどう懸命に生きたのか、見続けたいと強く思う。関われる限り関わりたいと願う。そして語り書き記し記録として残していきたい。
 我は100歳まであと40年ちょいある。それだけの歳月があれば自分も含めて日本人は、いや地球人は少しは賢く良い方向に変われるだろうか。

 哀しみや失望、絶望の思いに囚われはする。が、そこにとどまってはならない。その先に向かって再び歩を進めよう。希望の光が黒い雲の間から差し込んでいる。その梯子を上る日が必ず来ると信じて。

 ※マス坊はまず8/30日の総行動に参加予定。個人で参加、同行される方いらしたらお知らせください。