慌てない、焦らない、急がない。2017年08月17日 23時56分50秒

★そして諦めない。

 先に報告したように、父の血圧が200近くあり、下だけで息子の最高値を軽く上回るほどの「高血圧」状態が続いて、当人も頭痛がすると言い張ってるので、今週はショートステイは休みにして家にいる。投薬は朝一回一粒、血圧を下げるのを飲ませるだけだ。

 当然、眠っているとき以外は、ともかくせがらしい多動性の人だから、些細なことでも騒ぎ立て、○○がない、みつからない、○○はどうした?、どうなっている、猫がいない、大変だ、心配だと煩くてたまらない。
 気温も低いはずなのに、汗びっしょりかいて顔は真っ赤で何故かコーフンしている。
 何度説明しても記憶が続かないから同じことを繰り返し騒ぎ立てる。またキレそうになるのを我は堪えて、目は離せないもののできるだけ相手にしないようにしている。でないとストレスが溜まり我の血圧も上がってしまう。じっさい、高血圧が移ったのか、今日は一日頭が鈍く痛かった。
 明日は訪看さんが来る日なので、今後のことを相談しようと考えている。

 さて、このところ「時間」についてようやく少しだけ使い方というか接し方がみえてきた。そのことを記したい。

 我はそうした父の「不安神経症」的気質をやはり強く受け継いでいて、何事もどっしりのんびり落ち着いて取り組めない。つい何事も少しでも気になると不安に駆られ囚われ、ときにパニックを起こす。
 ならばもっとA型、AB型気質の人のように、何事も早くから取り組みコツコツ続けて早めにやっていけば良いはずだが、ずさんで大まかなB型ゆえ、直前にならないと始めない。そして時間がなく、大慌てとなって結果、忘れ物はする、準備不足と緊張と不安から失敗失態を常にしでかす。

 のんびりとせかせかという、相反する気質が我の中で同居しているから、コトにおいて結局、立ち行かなくなるとパニックを起こすのである。
 山本夏彦翁の言葉に「愚図の大忙し」という名言があり、本のタイトルにもなっていたが、まさにその通りだと我が身に照らしてつくづく思う。
 まあ、そういう気質、性格は、生来のものだからおいそれ矯せるものではない。しかし、長く生きて来たので、このところ「時間」とはどういうものか、どう向き合いつかうべきか少しだけ見えて来た。

 俗に楽しい時間は早く過ぎて、辛いこと、単純作業のようなことをしていると時間が過ぎるのは遅いと言われる。
 それはじっさいその通りで、何かに熱中集中しているとまさに「時の経つのをわすれる」。反面、勉強やデスクワークもだが、辛い作業はなかなか時間が進まない。これは真理で誰でも体感していることだ。
 そのこととどう関係あるのかわからないが、最近我はふと気がついた。せかせかと慌て焦っていると時間は早く過ぎてしまうが、逆に、のんびりゆっくりで良いと思うと時間はゆっくり過ぎていく。
 当たり前だと突っ込まれるかと思う。ただ「効率」のことを考えると、焦って急いでいるときは、それで効率よく作業が多く進むかというとさほどではなく、大した成果ないままあっという間にタイムオーバーとなるが、はなからゆっくりのんびりと思ってやったほうが、結果として短時間でも効率、成果は上がるのである。