父は、とりあえずは持ち直したかと ― 2017年08月25日 22時38分24秒
★このままだと自宅介護の限界に
ご心配おかけしたかと思うが、ようやくこの数日、我が父の体調はやや戻り、毎晩37・5度あった熱も平熱へ下がり、下痢のように続いていた軟便も収まった。高血圧も通常に戻って来た。
ほっと一息、やれやれ一安堵という感じでいるが、これで問題なくショートステイに行けてこそであって、向うでまた不調を訴えひたすら寝てばかりだとまた我が引き取りに行かねばならなくなる。
まずは明日から、土日月の二泊三日、無事にお泊りしてくれないと我の出かける予定も含めて一切何もできなくなってしまう。果たして大丈夫だろうか。
じっさい、この二週間、異常な突発的高血圧から?の頭痛、吐き気、ふらつきから始まって、デイケアにも行ける状態でなくひたすら寝てばかりいたこともあって、父は一気に体力が落ちた。食欲もなく、すべて反応も鈍くなって衰弱が進んできた感じが強くしている。
ちょっと前までは、我の助けを借りなくても簡単な着替えなどは時間かかっても自らやれていたのが、もうズボンの類も足が上がらず一人では穿けないのだ。
家の中を何かにつかまって歩くのもやっという有様で、座椅子に座ればすぐにうつらうつらしている。このままだと手がかかりすぎてデイサービスでも預かってもらえなくなる。
といってこの家にずっといられたら、我は一切何もできなくなってしまう。父のことだけで身動きがとれず、ストレスのあまり息子は父をきっと殺してしまうかもしれない。
今日は周一の訪看さんが来てくれる日で、今日の担当は細かく父の状態を確認して、このところの衰弱、歩行困難は、右足が動かなくなってきていることを発見してくれた。
原因はわからないが、先のCT検査では映し出されない脳溢血の小さいのが起きていたかもしれず、それで足が思うように上がらなくなって、歩けなくなってきたのではないかと。
ともかくこれ以上、歩けず動けなくなると家での生活は困難となろうから、最低限の機能維持と、右足の機能回復のためリハビリを勧められた。このままだと息子が面倒見るのは限界、まさに今、父はその瀬戸際に立っている。
今月末に、またカンファレンスというか、医療、施設関係者全体で今後のことについて相談する集まりがある。それで今後のことも決まっていくかと思う。
病院施設に父を全面的に入れて任せてしまえば我は自由にも楽にもなれる。が、それはとりもなおさず、父を悲嘆と絶望からさらに呆けさせることであり、彼の意識、感情がまだいくらかでもあるうちはそれはすべきでないと考える。
いちばん現段階で良いのは、週のウチ何回かお泊りに施設に預けて、我は休息したり自らの事に精出して、終日父が家にいる時だけ忍耐の覚悟を決めてその世話だけに向き合うことだ。
そのためにも父に施設に行けるだけの体力と元気さが必要なわけで、息子としても何とかリハビリに付き合って体力を戻さねばならない。
大変だが、いずれにせよもう残りの時間はごく僅かなのだ。大事なことはその限られた中で、どれだけのことが精いっぱいやれるかどうかだろう。
そう、それは何だって同じ。できる精いっぱいのことをしたとしても悔いは常に残るものだけれど。受容と忍耐、人生とはそれに尽きる。
ご心配おかけしたかと思うが、ようやくこの数日、我が父の体調はやや戻り、毎晩37・5度あった熱も平熱へ下がり、下痢のように続いていた軟便も収まった。高血圧も通常に戻って来た。
ほっと一息、やれやれ一安堵という感じでいるが、これで問題なくショートステイに行けてこそであって、向うでまた不調を訴えひたすら寝てばかりだとまた我が引き取りに行かねばならなくなる。
まずは明日から、土日月の二泊三日、無事にお泊りしてくれないと我の出かける予定も含めて一切何もできなくなってしまう。果たして大丈夫だろうか。
じっさい、この二週間、異常な突発的高血圧から?の頭痛、吐き気、ふらつきから始まって、デイケアにも行ける状態でなくひたすら寝てばかりいたこともあって、父は一気に体力が落ちた。食欲もなく、すべて反応も鈍くなって衰弱が進んできた感じが強くしている。
ちょっと前までは、我の助けを借りなくても簡単な着替えなどは時間かかっても自らやれていたのが、もうズボンの類も足が上がらず一人では穿けないのだ。
家の中を何かにつかまって歩くのもやっという有様で、座椅子に座ればすぐにうつらうつらしている。このままだと手がかかりすぎてデイサービスでも預かってもらえなくなる。
といってこの家にずっといられたら、我は一切何もできなくなってしまう。父のことだけで身動きがとれず、ストレスのあまり息子は父をきっと殺してしまうかもしれない。
今日は周一の訪看さんが来てくれる日で、今日の担当は細かく父の状態を確認して、このところの衰弱、歩行困難は、右足が動かなくなってきていることを発見してくれた。
原因はわからないが、先のCT検査では映し出されない脳溢血の小さいのが起きていたかもしれず、それで足が思うように上がらなくなって、歩けなくなってきたのではないかと。
ともかくこれ以上、歩けず動けなくなると家での生活は困難となろうから、最低限の機能維持と、右足の機能回復のためリハビリを勧められた。このままだと息子が面倒見るのは限界、まさに今、父はその瀬戸際に立っている。
今月末に、またカンファレンスというか、医療、施設関係者全体で今後のことについて相談する集まりがある。それで今後のことも決まっていくかと思う。
病院施設に父を全面的に入れて任せてしまえば我は自由にも楽にもなれる。が、それはとりもなおさず、父を悲嘆と絶望からさらに呆けさせることであり、彼の意識、感情がまだいくらかでもあるうちはそれはすべきでないと考える。
いちばん現段階で良いのは、週のウチ何回かお泊りに施設に預けて、我は休息したり自らの事に精出して、終日父が家にいる時だけ忍耐の覚悟を決めてその世話だけに向き合うことだ。
そのためにも父に施設に行けるだけの体力と元気さが必要なわけで、息子としても何とかリハビリに付き合って体力を戻さねばならない。
大変だが、いずれにせよもう残りの時間はごく僅かなのだ。大事なことはその限られた中で、どれだけのことが精いっぱいやれるかどうかだろう。
そう、それは何だって同じ。できる精いっぱいのことをしたとしても悔いは常に残るものだけれど。受容と忍耐、人生とはそれに尽きる。
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