すべてを大きく動かしていく2013年02月13日 23時29分51秒

★ようやく欝状況から抜け出した。

 肉体は魂の入れ物に過ぎない。が、肉体が病むと魂、つまり心、気分もまた元気がなくなる。体の調子に引きずられ、連動するように体調が悪いときは気分もまた悪くなるのは仕方ないことか。

 自分では気がつかなかったが、暮れから長引いた風邪や腰痛で、いつしか気持ちまで屈託していたようだ。ある意味軽度の欝状態だったと思える。
 体のほうは、正直まだ本調子ではないけれど、先に記したようにようやく気持ちは立ち直った。そして今日はさらに強く奮い立つものすらある。
 
 もともと自分はひどく内向、内省的なところがあって、お調子者である反面、人とのトラブルや世間的失敗などしでかし痛い目に遭うとその後しばらくはかなり凹み、何事も消極的にもなるしやる気が失せてしまう。
そして自分の愚かさを呪い自分のバカさとダメさにうんざりして鬱々とした時を過ごす。

 今だから書くが、近年の一番のそうしたトラウマは、自分が中心になって手がけた2010年秋のフォークロアセンター40周年記念コンサートの「失敗」だった。興行的な失敗もこたえたが、それよりもそこに関わった人たちとの軋轢、結果として生じたトラブルに心底まいった。自らの愚かさと迂闊さ、非力さを噛みしめ、そこから気持ちが立ち直るまで随分時間を要した。
 昨年あたりから自らの家中心に、また活動を再開しようやくその傷は癒えたと思ってはいた。が、先年の大阪、春一番での「事件」も含めていったん経験したそれら「ショックな出来事」は港に沈んだガレキのように見えないけれど心の奥底にどっしりと居座り船の航行を邪魔する足枷になっていたようだ。「船」とは自分の活動であることは言うまでもない。
 今朝も多摩地方、起きたら外はうっすらと雪が積り、それはすぐに霙状になって溶けたけれど、2月も半ばとなるがまだまだ寒い。それでも陽射しは春の明るさであるし、雲ひとつない青空はもう春はすぐそこだと告げていた。
 今までずいぶんあれこれつまらぬことに心を奪われ囚われていたと不意に気がついた。小さな目先のことや過ぎたことに心を奪われ頭をいっぱいにしていた。でももうそれは愚かなことだとようやく気がついた。もう終わりにしよう。

 これからは全てを大きくとらえて大きく動かしていく。気がつけば自分は何でも持っているし何でもできる。金はなくても場所と時間はある。何をするにせよ機材なども十分揃った。
 もうこれからは小さなことには囚われない。すべてを 大きく、大きく動かしていく。むろん最初は小さいことからしかできやしない。しかし続けていけばそれは必ず大きくなっていく。
 自らを信じて、自分に自信を持って「世界」を大きく動かしていく。

すべてを大きく・補足2013年02月14日 20時21分17秒

★音楽と出版、あらゆる「生産」手段をこの手のうちに

 前回はちょっと昂揚しつつ書いたので何のことか多分わからないし伝わらないかと思う。

 「大きく」とか「大きいこと」と言っても大規模なコンサートやイベントを企画するとかとは違う。もう大きいコンサートは、2020年にやれたらと願っている「フォークロアセンター50周年記念コンサート」だけであり、どこか場所を借りてのイベント企画は全然もう念頭にない。それはやり甲斐はあるしとても面白い行為で、関心は強くあるが、宣伝活動も含めてあまりに時間と労力、それに資金がかかる。今のように多摩の田舎に篭って老親たちの世話に明け暮れていてはとても傍らに出来ることではない。

 それよりも「大きく動かしていく」の「動き」とは、音楽CDの企画、録音や製作、そして販売であり、紙に印刷した文書などの「出版」も含めてもっと世間に向けて手広く大きく発表していきたいということだ。
 今の時代、パソコンといくつかの機材さえあれば、録音したものの編集や調整、さらには映像、画像までも含めた「作品」は個人でもたやすくできる。そしてそれをネット上にアップさせて世間に発表することもまた簡単なのである。
 何にでも内向きなかつ面倒臭がり屋の自分はそうしたインターネットでの「活動」は今までほとんど関心がなかった。せいぜいメールとこのブログをアップする程度で、ネットの有効利用も積極的活用もしてこなかった。
 それがどこまでできるか自信はないが、手元の音源からもっと「うた」の映像を世界に向けて発表しても良い頃だと思うし、今まで小さく押し込めていた自らの「世界」の境界をもう少し外へと広げていきたいと強く思うようになった。そうしない限り、たかがブログでぐずぐす嘆いたり愚痴をこぼしていても外の世界は何一つ変わらないし何の影響もないことに気がついた。

 無頼庵への大型テレビの導入もその流れにある。まずは設備を整えて何でも発信できるよう、この場所から家にいてできることを究めていきたいと願う。

 今の時代、何も出版社や印刷所、レンタルスタジオ、レコード屋、本屋に頼らなくても手元にある機材で「作品」は作ることができる。ISBNや商品バーコードがなくたって、自らの「店」で流通させることもたやすい。ならばそうして、経済の論理の外で、つまり「儲かる-儲からない」という基準は考えずに真に価値のある良いもの、大事なことや大切なものを世に出していきたい、知らしめていきたいと考えた。

 それがマス坊にとっての「おおきなこと」なのだと。ここから、この場所からそれができると信じてやっていきたい。

久々に映画の話をしよう2013年02月15日 22時23分53秒

★映画「苦役列車」に感心した話

 2月も半ばとなるのにまだまだ厳しい寒さが続く。先日はみぞれ交じりの雪が降ったし、今日は午後から冷たい雨、氷雨が夕方まで降り続いた。
 そんな中、所用もあったので飯田橋のギンレイホールに行って邦画二本立てを観てきた。その感想などを少し。

 1本は、俊才山下敦弘監督、出演は、森山未來、高良健吾、前田敦子 らによる、話題の芥川賞受賞作、西村賢太原作の『苦役列者』。
もう1本は才人・内田けんじ監督が今最も油が乗っている人気俳優、堺雅人、香川照之、広末涼子ら豪華スターで撮った最新作『鍵泥棒のメソッド』という豪華なカップリングである。

 『鍵泥棒~』のほうは実は昨年秋、公開されたときに吉祥寺のバウスシアターで観ていて、とても高く評価していた。いずれこの天才監督と作品について書こうとは考えていた。なので、今日の二本立て行くのどうするか迷うところもあったが、友人と会う用事もあったので、ともかく出かけたのである。
 が、その人から風邪ひいて行けないという連絡が向こうについて携帯にかかってきたので、とりあえずあまり期待はしていなかったが未見の『苦役列車』だけ観ることにした。でも予想外に良く出来た作品で、それだけでじゅうぶん堪能したので、『鍵泥棒』は再見せずに天気も悪かったこともあってすぐに家へと直帰した。

 さて、映画についてふれる前に、原作の西村賢太とその私小説世界について書かねばならない。
 ご存知のように自ら私小説作家を標榜している西村賢太という小説家はその「苦役列車」という短編で芥川賞をとり一時マスコミを大いに賑わした。私小説とは何か、書き出すと長くなるので今は紙幅の都合で後回しにするが、要するに彼の小説は全て自らの経験したことを描いたほぼ自伝であり、その徹底したダメさ、無頼さ、救いの無さこそ故「私小説」と呼び称されている。昨今のエンターティメント流行りの小説界では今時珍しいタイプのまさに絶滅危惧種である。

 しかし、マス坊は彼の才能はさほど買っていない。出てきた当初から興味深く読み続けているが、けっきょく自分のことを書き続けていく限りいつかは小説の題材も尽きるはずで、果たして彼にその先があるのか大いに危惧している。というのも今現在は小説家としてもはや名を成してしまったからにはもう新たな「破滅」は起きないであろうし、ゆえに私小説としての展開は本来ありえない。
 むろんもっとアクティブにマスコミに出まくるとか、何らかの事件や刃傷沙汰でも起こしてまたそれを描くという太宰治的私小説作家の生き方もある。だが、この当人はそういう道化タイプではないようだしやがてはまた別のジャンルに行き着くしかないのではないか。

 この『苦役列車』も話題にはなったが、彼の一連の私小説連作の一つでしかなく、内容も分量も薄い短編でしかなかった。ゆえに、話題になったから映画化するとしても、あれではなあ、と観る前から大して期待も持てなかったのである。が、脚本のいまおかしんじが巧いからだろうが、映画は原作をはるかに凌駕し、さらには原作の西村私小説ワールドを深く読み込んだ傑作に仕上がっていたのだ。※もう一回続きを書くかも。

大型テレビついに注文した。2013年02月16日 23時35分42秒

★ほぼ最安値+代引き手数料。

 木枯らし吹き荒む、という言葉があるが、今日は一日強い北風が吹き荒れて晴れても猛烈な寒さだった。外にいるとあまりの寒さに鼻水が垂れて手は千切れそうでとても耐え切れない。春はすぐそこまで来ているはずなのに厳冬の巻き返しというか居座りである。

 さて、報告である。24日に必要な大型テレビの件ほ、先に記したように、どこでどうやって買うか迷いに迷ったものの、結局ネットの通販家電ショップの中の、ほぼ最安値の店に今日発注した。先ほど受注確認のメールが届き、こちらの要望通りに来週19日火曜日に配送されることになった。

 カード決済のほうが支払いを先延ばしにできるのでこちらとしてはそれを望んでいたのだけれど、値段の安さの分、代金引き換えか先に振込みしか扱っていない店だったので、手数料は覚悟のうえで代引きで注文したのだ。かなり大きな買い物で無事届くか不安もあるが、まあ、代引きなので、金は払ったのに商品が届かない詐欺に会うことはないと考えてのことである。

 5年保障とか、ポイントが付くかとかいろいろ考えたけれど、先の大震災レベルの大地震が東京近隣で起きればどんな保証を付けようとテレビどころか家すらもひとたまりもないかもしれない。ならばもうその時はそのときと覚悟してともかく1円でも安く、懐から出す金は少なくしようと設置接続料金などの何一つオプションは付けずただともかく安さだけで決めた。

 その値段だが、ズバリ、テレビ本体 150,800円
代金引換手数料:1,500円 支払い金額総額:152,300円 となった。機種は、シャープのAQUOS クアトロン 3D LC-60G7 [60インチ]である。

 ともかくこれで注文は終わった。問題は来週明け、つまり明後日月曜中に15万円をどこからどうやって工面するかである。

小さな灯を絶やさずに2013年02月17日 21時16分17秒

薪ストーブ
★とにもかくにも続けていくこと

 今朝は冷え込んだ。今冬いちばんの寒さだった。一階の台所、朝起きて蛇口をひねり、まずお湯を出すのだが、今朝は水道管が凍っていたのかいくら蛇口を回しても何もでない。どういう仕組みか、右側の水の蛇口は水が出るのに左のお湯専用の口は止まったままだった。

 給湯器が壊れたのかとも考えたが、ようやく昼頃になってやっとお湯が出た。要するにあまりの寒さにどこか途中で、たぶん給湯タンクごと凍っていたのだと思うしかない。この家を建て直して、3年ほどたつがこんな事態は初めてである。いかに今冬が厳冬であるかだ。春一番どころかこの冬いちばんの寒さであった。

 そんな寒い日がまだまだ続くのでこのところ頻繁に薪ストーブを焚いている。前にも書いたけれど、オーブン機能付きという暖房としてはあまり期待できない機種を選んだことと台所の隅に設置してしまったので暖を求めるストーブとしてはほとんど役立っていない。もっぱらお湯を沸かしたり、たまにパンケーキや肉の塊を焼くのに使っている。が、近く来るであろう大震災時に、ライフラインが止まっても煮炊きなどに役立てば幸いであろう。
 それでも室内に直火があるのは嬉しいものだし、一階はともかく吹き抜けを通して熱気が上がっていくので二階も暖房入れなくてもほんのりと暖かい。ストーブを焚けばお湯はふんだんに使えるしそんな頼りない薪ストーブでも寒い日の暖房としていくらかは経済的にも役立っている。
 
 ただ、面倒なことは一つ、ガスコンロのように簡単に火が薪につくわけではない。太い薪が燃えるまでには、それなりに手順と時間を要する。まず、マッチで紙くずに火をつけ、次いで木っ端にそれを移し、板にその火をうつし燃え盛ったところで太い薪、丸太などを入れる。そうすればしばらくは側についていなくてもストーブは燃え続ける。
 しかし、気をゆるすと燃えるものはなくなって火勢は衰え、いつしか火も消えてしまう。いくらかでも炎が見えるうちにまた次の薪をくべていかねばならない。けっこう注意力をとられる。いちばん良いのは太い丸太や切り株で、その固まりが燃え尽きるまでかなり時間がかかるからほったらかしでも安心なのである。

 薪ストーブのコツというものがあるとしたら、そうして小さい火から大きな株、丸太まで順に少しづつ火力を強くして火を移していくことと常に火を絶やさないことだ。いったん消えてしまえばまた一からやり直すこととなる。それはまたかなりの手間である。
 埋もれ火、という言葉がある。囲炉裏などだと灰の中に、炭のオキとして残っていればまたそれを元に藁や小枝をくべて翌朝でも火を復活させることができる。薪ストーブは囲炉裏ほど火持ちは良くないので常に小さな火を絶やさないよう注意しないとならない。

 それはストーブや囲炉裏でなくても同じことで、小さな火、つまり小さな灯は決して消えないよう、絶やすことのないよう何ごとも続けていかねばならない。
 小さな灯とは人々の「思い」や「願い」のことであるのは言うまでもない。
 最初は小さな灯であっても続けていけばきっといつの日にか大きな炎となって燃え盛るはずだ。それを信じて灯を絶やさずにやっていこう。闇夜を照らす一灯であろうとも、だからこそ灯は消してならないのだと。

24日の「映画塾」開催に向けて2013年02月18日 23時18分14秒

★明日は「社員」を招き大型テレビを搬入、設置する予定

 今日も冷たい雨、明日は雪だとか予報では言っている。でももう寒いとか調子悪いとか言っていられない。

 こう寒いと、このところのマス坊の体調だとそろそろまた風邪ひく予定であるが、もういいかげんそうした負のスパイライル、悪習慣、悪循環体質から脱しなければならない。でないと風邪ひいたり腰痛になるため生きていることとなってしまう。

 天候に関わらず、明日、テレビが配送される予定である。時間はわからない。それは玄関先までしか配達されないから、それを二階へ、無頼庵へと運び上げなければならない。重さは45キロとか書いてあった。

 で、笠間へ帰ってしまった「社員」を交通費出すからと招いて、明日一泊してもらい、テレビの荷揚げ、設置だけでなく、明日、明後日とついでに庭木の枝下ろしなど二人で精力的にやってしまおうと考えた。どこまでできるかわからないが、2人ならかなりすすむかと思う。
 24日に向けて、また部屋も片づけておかねばならなくなっているし、お客が何人来るかではなく、ともかくまず第一回目をやってみて次の回へと続けていかねばならない。ひと月に一回、この映画の集いが続けばまたきっとそこから新たな出会いや動きが生まれると信ずる。そのためのまず第一回が24日なのだ。

 主役の三留まゆみさんのほうから「詳細」などまだ出ていないので宣伝もままならないが、お客を迎え入れる準備だけは進めていく。いったいどんな集まりとなるのかはマス坊もわからない。でもまあ、面白そうな催しになるのは間違いないと思うのでどうかどなたでも興味半分でお越しいただきたい。
 開始時間など詳しいことは確定次第お知らせします。

みぞれ交じりの雨の中、大型テレビが届いた。2013年02月19日 23時06分23秒

★セッティングだけで一日かかった。

 60インチの大型テレビ、先ほどアンテナ接続を終えた。まだ使い方もシステムも判然としないので、かなり設定に苦労してようやく地デジだけは観れるようになった。その大きさにカンドーした社員は何度も「これはデカイ、これはでかい」と繰り返し叫んでいたが、確かに画面はデカイ。ある意味カンドーものである。

 が、売り場で見たときより何か画質、色調が薄いように思われやや不満である。むろん調整はきくとは思うが。やはり売り場ではもっとも綺麗なサンプル映像を流しているのだろう。何ごとも実際は異なるものである。お見合い写真のようなものか。

 まっ、ともかく社員とまず場所作りから始めていると、降り出したみぞれ雨の中、まだ10時前に西濃運輸のトラックがピンポンと玄関のチャイムを鳴らし予想外に早く配達されてしまったのだ。
 それを玄関内に運び入れるのをドライバーを手伝い3人で終えてそのまま二階へ社員と上げた。約45キロ、2人なら重くはないがともかく巨大な段ボール箱に収まっている。予想はしていたが一人では大きすぎて運べない大きさだ。

 テレビを置く空間をつくって昼食後、箱を開けた。箱も良く出来た構造で、ストッパーを外すと、テレビは立てたまま、箱だけがスポッと持ち上げて外せるように工夫されている。また、その巨大な段ボール箱を台にしてテレビ画面を平に乗せて、金物の台も取り付けられるようにできていた。シャープの工夫に感心させられる。

 そして、ともかく今までオーディオ機器が置いてあった長テーブルの上に置いた。画面に比べて台が小さいので、何とも心もとない。グラグラはしないが、ちょっとした揺れでバタンと倒れそうで怖い。とりあえず左右の柱に釘を打ち、テレビ裏側のフックに紐をかけて支えることにした。気休めに過ぎないが何もしないより安心できる。

 で、解説書を読んでみたらアンテナ線は付属していないとある。仕方なく、社員が夕方から所用で都心に出ることもあって、彼を駅まで送ったついでに家電量販店でそのコードを買ってきた。

 そして先ほど、今晩はうちに一泊する社員が戻ってきたので、2人で悪戦苦闘して何とかテレビが観られるように設定し終えたというわけである。あとはDVDプレイヤーを繋げば24日には余裕で間に合う。ただ、今回、テレビを入れたので会場設営も観客席も一からやり直しでそれが大変だ。

 ようやく数人だけれど、参加申し込みの連絡もあった。さあ、これからだ。テレビは届いた。観れるようになった。これからなのだ。

三留まゆみ映画塾2/24日ぜひとも!2013年02月20日 23時16分00秒

これはテレビでやってた、アンジェリーナ・ジョリーの映画
★次は会場設営とDVDプレイヤーの接続。

 と、24日のお誘いはしているのだが、いったい何をどうやるのか「三留まゆみ映画塾」と名前だけ宣伝しても詳しいところは実はマス坊だってよくわからない。だのに何人かは来てくれるとメールもあったのだから実にありがたく奇特なことだ。それも彼女の人徳か。
 毎度ながらの準備不足の感もしてきたが、それでもきっとユニークかつ意欲的な「講座」になると自分もとても期待している。

 今日は、晴れて日中は暖かくなったので、社員と庭木の枝下ろしに精を出した。隣家との境に隣接してケヤキ2本はがんばって午前中に選定し終えた。イチョウはあとてっぺんのあたりが少しだけ。残すは道に面したケヤキの大木だけとなった。
 むろん上って切ったのはマス坊で、社員は落ちた枝を拾い集め丈をつめて束ねる係である。でも二人でやればかなりの作業が一気に進む。
 今回もテレビのセッティングも一人では何が何だかわからず途中で投げ出していたかもしれない。彼は一泊して今日の夕方、上野経由で笠間まで帰った。次の上京、拙宅の作業は3月半ば頃を予定している。
 社員が来てくれてテレビの設置、ずいぶん作業は進んだけれど、一つ新たな場所を作ることはまたそこにあったものを移動させることでもあるからテレビを置いた台に乗せてあったオーディオ機器を動かしてセットしなおす羽目に。またそこにあった本の山をどこかに片づけないとならない。
 明日明後日と週末までまだ少し時間あるのでお客を招けるよう会場設営と準備に一人でがんばっていく。まだDVDプレイヤーも繋げていないのでうまく再生できるようになるかやや不安だ。ともかく今日はもう疲労困憊、そうした作業はまた明日からやってみる。

 まだまだいつまでも真冬の寒さが続くが、24日は、映画を肴に皆で熱く語りあい盛り上がりたい。

今度はDVDプレイヤーを買わねば2013年02月21日 23時29分49秒

★さらなる出費に頭が痛い。

 今日も真冬の寒さである。北日本の記録的大雪を想えば、単に寒い寒いと騒いでいる東日本、東京であるが、それにしても今年はいつまでも寒い。もう2月も終わろうとしているのにどうしたことか。

 そういえば昨年、秋口になってもいつまでも猛暑が続きうんざり辟易したが、それと同じで夏と冬が異常に長く春と秋が短くなっているのだ。いちばん快適な季節が短縮され猛暑と厳冬がそのぶん長くなる。

 人間は火や電気というエネルギーを手にしたから金はかかっても冷暖房機器で猛烈な暑さも耐え難い寒さも乗り切ることができる。
 しかし自然界の動物はどうだろう。暑さ寒さが辛いということより植物が生育し実を結ぶ季節が短いことは彼らの食が危機的に脅かされることとなろう。こうした寒暖の異常が何年も続けば自然界の動植物、生態系も様変わりしてしまう。
 餌となる自然の果樹がなく、里山に現れては撃ち殺される熊たち、猿やイノシシたちの農被害もまた異常気象によるものであろう。長く暑い夏と冬を食べ物もなくどうすごしているのか。野生の動物らのことを思うと胸が痛む。

 さて、24日に向けて今日も一日、テレビをつけリモコンをいじりあれこれ使い方を勉強しつつ部屋の片づけを進めていた。そして気づいたことはやはり一台、DVDブレイヤーも買わないとならないかもということだ。
 ウチには友人からもらったり拾って来たりしたDVDのデッキ、録画もできる機種がいくつもある。が、今日テレビにつないでみて、どれもリモコンがないのと使い方がよくわからず、当日それで間に合うのか不安になってしまった。リモコンがないと頭から再生はできてもチャプターごとの再生や先送りなどどうやら本体だけではできないことに気づいた。

 画像ももう一つなのと、どれもそんなヤクザなものばかりなので果たして当日無事使えるのか信頼性に欠けるのである。パソコンから繋いで再生させるという手もあるはずだが、まだどう繋げば良いか定かでないしもう時間はない。
 ならば再生だけのDVDプレイヤーは今は安いから一台買うほうが簡単かもしれない。むろんハードディスク付のDVDも焼けるタイプのほうが将来的には役立つはずだが、何万もするだろうしもう金は尽きた。さて、どうしたものか。明日もまた家電量販店に行って考えてみる。

パソコンとテレビは繋がった!2013年02月22日 10時29分05秒

DVDを再生したテレビの画面から~コステロとエミール・ハリス、ライブ・イン・メンフィス2004
★案ずるより簡単であった。

 昨日、また新たにDVDプレイヤーも買わないとならないかと書いた。が、書きながらそうか、パソコンと繋いで、パソコンを起動させてその画像をテレビに出せば良いのだと気がついた。
 ただ、その接続の仕方が思いつかない。でも薄い解説書を確認したらばHDIMケーブルなるもので繋げばそれが出来るとあった。で、いったんベッドに入ったもののノートパソコンの端子を確認したら幸いその口が壁面についているではないか。それで朝からさっそく昨日買ったそのケーブルでパソコンをテレビの部屋に持ってきて繋いでみた。

 が、テレビ画面は暗いまま何も写らない。9時まで待ってシャープの相談ブースに電話したら、パソコン側が出力になっていないのではないかと言う。
 次いでパソコンのメーカー東芝に電話、設定を窓口のお姉ちゃんに丁寧に教えてもらい、繋ぎなおしたり再起動したりとかなり時間はかかったが、ようやくパソコンの画面がそのままテレビに大きく表示されるようになった。
 ブルーレイの先日アマゾンで手に入れたコステロのライブDVDを試聴してみた。まだ使い慣れていないこともあるが、しっかり綺麗に大画面で観れた。感激している。
 けっきょく、朝から何回もメーカーに問いあわせしたが、パソコンから再生できるならばこれでどうやらDVDプレイヤーは新たに買わずに済みそうだ。まあ、何をするのも大変だとか面倒だとまず最初に考えていては何も始まらない。ともかくやってみてからのことだと気づく。

 何でもあれこれ心配したり大変に考えるよりごく簡単であった。まあ、それも大企業だからきちんとサポート窓口があり、わりとすぐに繋がり懇切丁寧にこちらのトンチンカンな返答にもやさしく教えてくれたからだが。
 ネットの時代、ショップサイトなどでは、そもそも電話相談やその窓口さえ存在せずすべてメールなどの問い合わせフォームだけのやりとりとなる。これは本当にイライラさせられる。時間もかかるし、手間ばかりかかり面倒でならない。やはり人と人とは直接会うか、会わずとも直にダイレクトに話すことが肝要だと今さらながら思い知る。

 それにしても今の時代、わけのわからないケーブルばかり増えて本当に戸惑うばかりだ。自分はオーディオとは右左、赤と白、それに映像の黄色という3ピンだけで事足りていた。それ以外のわけのわからないケーブルがいつの間にこんなに増えていたのか。隔世の感がある。今浦島太郎のマス坊であった。