「幕末太陽伝」を再見して ― 2012年08月29日 22時40分37秒

★映画がいちばん元気だった時代の映画遺産
久々に飯田橋ギンレイへ出向いた。年間会員なのだから行けばタダでそこにかかる映画は一年間見放題のはずなのに、諸般の事情でこのところ何ヶ月も観に行っていなかった。もったいないと言うなかれ。
サマークリスマスも終わったことだし、家事介護の合間を縫って、昨日28日、ギンレイに行き映画を観てきた。早く出て昼からの回を観て夕方早めに帰宅できた。
デジタルリマスターされたフランキー堺、川島雄三監督の「幕末太陽伝」と話題の無音声仏映画「アーティスト」というへんてこりんな二本立てである。その心は・・・たぶん古い映画によせるオマージュ、映画愛ということだろうか。
「太陽伝」は昔、学生の頃どこそかのオールナイトで観た記憶がある。これは自分が生まれた頃に作られた大昔の映画であるが、「名作」として名高いのでけっこうあちこちでリバイバル上映されている。そのときも名匠川島監督の映画史に残る名作だとして期待して観たかと思うのだが、ちっとも面白くなかった。画面も薄暗くプリントも汚かったせいかただ皆で大騒ぎしているだけでどこが面白いのかちんぷんかんぷんだった。
今この歳になって改めてニュープリントで観直してようやくだが少しはこの作品の素晴らしさがわかった気がした。これは居残り佐平次ほか、落後のはなしをいくつも詰め込んで1本の映画に仕立て上げたリストラ映画なのである。
昔、こどもの頃みたときは落後に詳しくなかったしそんな素養は皆無であったから次から次へ脈絡のないエピソード(落後ネタ)が続くだけで散漫に思えてならなかった。だから退屈したのだった。
今は多少はオトナになって世知にも長けてきたからああそうなのかとピンと来た。たかが映画であるが、映画を観るにもそれなりに素養がいるのである。その素養がない者はわからないからつまらないのである。
まあ、この映画の時代は巷に都都逸や小唄端唄、歌舞伎、落語などの伝統的大衆芸能がまだ残っていたからこうした企画も成り立ったのだと思う。今は落後ブーム、いや人気落語家のブームであるからいちがいに言えないが、現代の若者たちには観てもかつての自分と同じくこの映画はちんぷんかんぷんではないか。知っている俳優もいないだろうし。
この映画は昭和32年、今から50数年前に作られた。出ている役者たちで今もかろうじて健在なのは小沢昭一ぐらいで、後はフランキー然り裕次郎しかり皆ずいぶん前に死んでしまった。ここに出ている裕次郎なんてまるで子供みたいに若い。昔の映画は懐かしい顔ぶれが観られるという楽しみもあるが、やはり全てに余裕があることが味わいになっている。そうこの頃はまだ映画は大衆娯楽王様であり、こんなに金と豪華キャストでこんな奇矯な映画が作れたのだと感心してしまう。
改めて観て、映画としてわかったけれど、この映画はさほど世間の評価ほどに自分はかわない。やはりエピソードの羅列ということに尽きるしドタバタ喜劇の域を出ていない。しかし、このあまり良く出来ていないストーリーを繋いで映画にしているのは一重にフランキー堺という男の身体能力で、彼がいたから彼の魅力でこの陳腐な企画が1本の映画に、映画史に残る名作になったのだと気づく。
フランキーのその動きの早さ、軽身は、若き日のエノケンを思い出すものがある。今はこうして身をはって動く役者がいなくなったことに思い当たる。この映画の時代、まだ戦後10数年、今で言う「三丁目の夕日」の頃にはまだ活劇、活動写真の雰囲気、そうした文化が残っていたのだ。フランキーはミュージシャンでもあったからそうした身体能力にすぐれていたのだろうが、彼が観た昔の映画の動きが体に染み付いていたのだと想像する。
似たような映画に後年、岡本喜八の「ジャズ大名」があったと記憶するが、それはもっと駄作だった。もっとつまらなかった。たぶんそれはそこにフランキーのような達者な動ける役者、無理やりストーリーを引っ張れる役者がいなかったからだろう。
さておき、デジタル処理により確かに画面は綺麗に観やすくはなった。ならば音声ももっとリマスタリングできないものか。相変わらずの昔の日本映画そのままに聴きづらく聴き取り不明なところがかなりあった。今のフリーソフトを使えば簡単にできることだ。映画の世界では、画面ばかり意識が向いているようだが、もっといじってほしいのは実は音声なのである。
「アーティスト」についても書きたかったが紙幅が尽きた。もう疲れた。しかし久しぶりの劇場で観た映画に「いやあ、映画っていいものですねえ」という気分である。
久々に飯田橋ギンレイへ出向いた。年間会員なのだから行けばタダでそこにかかる映画は一年間見放題のはずなのに、諸般の事情でこのところ何ヶ月も観に行っていなかった。もったいないと言うなかれ。
サマークリスマスも終わったことだし、家事介護の合間を縫って、昨日28日、ギンレイに行き映画を観てきた。早く出て昼からの回を観て夕方早めに帰宅できた。
デジタルリマスターされたフランキー堺、川島雄三監督の「幕末太陽伝」と話題の無音声仏映画「アーティスト」というへんてこりんな二本立てである。その心は・・・たぶん古い映画によせるオマージュ、映画愛ということだろうか。
「太陽伝」は昔、学生の頃どこそかのオールナイトで観た記憶がある。これは自分が生まれた頃に作られた大昔の映画であるが、「名作」として名高いのでけっこうあちこちでリバイバル上映されている。そのときも名匠川島監督の映画史に残る名作だとして期待して観たかと思うのだが、ちっとも面白くなかった。画面も薄暗くプリントも汚かったせいかただ皆で大騒ぎしているだけでどこが面白いのかちんぷんかんぷんだった。
今この歳になって改めてニュープリントで観直してようやくだが少しはこの作品の素晴らしさがわかった気がした。これは居残り佐平次ほか、落後のはなしをいくつも詰め込んで1本の映画に仕立て上げたリストラ映画なのである。
昔、こどもの頃みたときは落後に詳しくなかったしそんな素養は皆無であったから次から次へ脈絡のないエピソード(落後ネタ)が続くだけで散漫に思えてならなかった。だから退屈したのだった。
今は多少はオトナになって世知にも長けてきたからああそうなのかとピンと来た。たかが映画であるが、映画を観るにもそれなりに素養がいるのである。その素養がない者はわからないからつまらないのである。
まあ、この映画の時代は巷に都都逸や小唄端唄、歌舞伎、落語などの伝統的大衆芸能がまだ残っていたからこうした企画も成り立ったのだと思う。今は落後ブーム、いや人気落語家のブームであるからいちがいに言えないが、現代の若者たちには観てもかつての自分と同じくこの映画はちんぷんかんぷんではないか。知っている俳優もいないだろうし。
この映画は昭和32年、今から50数年前に作られた。出ている役者たちで今もかろうじて健在なのは小沢昭一ぐらいで、後はフランキー然り裕次郎しかり皆ずいぶん前に死んでしまった。ここに出ている裕次郎なんてまるで子供みたいに若い。昔の映画は懐かしい顔ぶれが観られるという楽しみもあるが、やはり全てに余裕があることが味わいになっている。そうこの頃はまだ映画は大衆娯楽王様であり、こんなに金と豪華キャストでこんな奇矯な映画が作れたのだと感心してしまう。
改めて観て、映画としてわかったけれど、この映画はさほど世間の評価ほどに自分はかわない。やはりエピソードの羅列ということに尽きるしドタバタ喜劇の域を出ていない。しかし、このあまり良く出来ていないストーリーを繋いで映画にしているのは一重にフランキー堺という男の身体能力で、彼がいたから彼の魅力でこの陳腐な企画が1本の映画に、映画史に残る名作になったのだと気づく。
フランキーのその動きの早さ、軽身は、若き日のエノケンを思い出すものがある。今はこうして身をはって動く役者がいなくなったことに思い当たる。この映画の時代、まだ戦後10数年、今で言う「三丁目の夕日」の頃にはまだ活劇、活動写真の雰囲気、そうした文化が残っていたのだ。フランキーはミュージシャンでもあったからそうした身体能力にすぐれていたのだろうが、彼が観た昔の映画の動きが体に染み付いていたのだと想像する。
似たような映画に後年、岡本喜八の「ジャズ大名」があったと記憶するが、それはもっと駄作だった。もっとつまらなかった。たぶんそれはそこにフランキーのような達者な動ける役者、無理やりストーリーを引っ張れる役者がいなかったからだろう。
さておき、デジタル処理により確かに画面は綺麗に観やすくはなった。ならば音声ももっとリマスタリングできないものか。相変わらずの昔の日本映画そのままに聴きづらく聴き取り不明なところがかなりあった。今のフリーソフトを使えば簡単にできることだ。映画の世界では、画面ばかり意識が向いているようだが、もっといじってほしいのは実は音声なのである。
「アーティスト」についても書きたかったが紙幅が尽きた。もう疲れた。しかし久しぶりの劇場で観た映画に「いやあ、映画っていいものですねえ」という気分である。
最近のコメント