自らも「うた」再び~何事も実践あるのみ ― 2014年03月09日 08時30分03秒
★無能の人から有用の人へと アクセスランキング: 195位
間もなくあの3.11から三年目の節目をむかえる。被災された方もそうでない方にもその以前とその後のこの3年、様々な思いや変化があったことであろう。被災地の復興が進まないまま、安倍バブルとオリンピック景気で人心は踊らされその裏で憲法と民主主義が踏みにじられていく。今も故郷へ戻れない人たちの思いはいったいどこへ向ければ良いのであろうか。ただ暗澹たる、出口の見えないやるせない気持ちが膨れるばかりだ。
今日はまた午後から日比谷で脱原発の大きな集会がある。自分も当然行くつもりでいたのだが、今ウチには病人がいるのと今日は人が来てこれからについて打ち合わせなどもあるので、友人からも誘われていたが参加は断念した。
その「打ち合わせ」というのは、実は音合わせ、音楽の練習でもある。嗤われるのを覚悟で記すと今からであるが自分もまた「うた」に本気で取り組みたいと思う次第だ。まさに今さら、還暦デビューという誉はないし金のとれるコンサートに出演者として登場しようなんて考えはしない。が、せめて拙宅で、催すライブなどの折、もしお許しを受け耳を傾けてくれる方がいるのならば、恥と無理を承知でうたってみようかと思った。むろん、前座も前座なので、それはチャージに含まれない。あくまでも「勉強」させてもらうためにやってみたい。
当たり前だが、どんなことも頭の中で考え、想像や予想予測することと現実は異なる。自分は常にいろんなことについて書いてきたが、じっさいにしたことのない、未経験のことには、机上の空論と言われても仕方ないし反論もできない。
うたや、音楽についても思うところ多々あり、評論の真似事もしてきた。が、人のことをあれこれ言うよりもともかくもやはり「実践と実行」したほうが意味があるのではないか。たとえ拙くともその現場というものに少しでも関わりたいと願う。
むろん、企画側、裏方としてこれでもずいぶんプロデューサー的にはやってきた。しかし、あくまでもそれは裏方側であって、演者ではなかった。そもそも自分はスポットライトなどあてられる側であってはならないと任ずるがそれでも少しは世に問いたい、発したい、吐き出したいものもある。
それはこうしたブログなどの文字では伝わらない、伝えられないものだ。
そうしたことを少しでも続けて積み上げて行けば、無能な自分でも多少は有能な、人のタメに役立つユースフルな人、つまり有用な人になれるかと思う。
そう、何事もやってみないとわからない。やってみて初めてわかる、見えてくるものがある。うたであれ、何事も全てそうであろう。幸いにしてそのお手伝い、ご協力してくれる人もいる。
というわけで、自分もまた「うた」について、音楽について真剣に関わっていきたい。そのための実践、お耳を汚すがご容赦ください。
間もなくあの3.11から三年目の節目をむかえる。被災された方もそうでない方にもその以前とその後のこの3年、様々な思いや変化があったことであろう。被災地の復興が進まないまま、安倍バブルとオリンピック景気で人心は踊らされその裏で憲法と民主主義が踏みにじられていく。今も故郷へ戻れない人たちの思いはいったいどこへ向ければ良いのであろうか。ただ暗澹たる、出口の見えないやるせない気持ちが膨れるばかりだ。
今日はまた午後から日比谷で脱原発の大きな集会がある。自分も当然行くつもりでいたのだが、今ウチには病人がいるのと今日は人が来てこれからについて打ち合わせなどもあるので、友人からも誘われていたが参加は断念した。
その「打ち合わせ」というのは、実は音合わせ、音楽の練習でもある。嗤われるのを覚悟で記すと今からであるが自分もまた「うた」に本気で取り組みたいと思う次第だ。まさに今さら、還暦デビューという誉はないし金のとれるコンサートに出演者として登場しようなんて考えはしない。が、せめて拙宅で、催すライブなどの折、もしお許しを受け耳を傾けてくれる方がいるのならば、恥と無理を承知でうたってみようかと思った。むろん、前座も前座なので、それはチャージに含まれない。あくまでも「勉強」させてもらうためにやってみたい。
当たり前だが、どんなことも頭の中で考え、想像や予想予測することと現実は異なる。自分は常にいろんなことについて書いてきたが、じっさいにしたことのない、未経験のことには、机上の空論と言われても仕方ないし反論もできない。
うたや、音楽についても思うところ多々あり、評論の真似事もしてきた。が、人のことをあれこれ言うよりもともかくもやはり「実践と実行」したほうが意味があるのではないか。たとえ拙くともその現場というものに少しでも関わりたいと願う。
むろん、企画側、裏方としてこれでもずいぶんプロデューサー的にはやってきた。しかし、あくまでもそれは裏方側であって、演者ではなかった。そもそも自分はスポットライトなどあてられる側であってはならないと任ずるがそれでも少しは世に問いたい、発したい、吐き出したいものもある。
それはこうしたブログなどの文字では伝わらない、伝えられないものだ。
そうしたことを少しでも続けて積み上げて行けば、無能な自分でも多少は有能な、人のタメに役立つユースフルな人、つまり有用な人になれるかと思う。
そう、何事もやってみないとわからない。やってみて初めてわかる、見えてくるものがある。うたであれ、何事も全てそうであろう。幸いにしてそのお手伝い、ご協力してくれる人もいる。
というわけで、自分もまた「うた」について、音楽について真剣に関わっていきたい。そのための実践、お耳を汚すがご容赦ください。
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