館野公一無頼庵ライブは盛況の裡に無事終わりました。2014年03月24日 10時52分09秒

★また次へと、春から動き出していく。      アクセスランキング: 151位

 光ある穏やかな暖かい朝である。庭の白梅も今が盛り、桃の花も蕾も膨らんできたので今週末には咲くだろう。
 
 報告が前後してしまったが、昨晩の拙宅無頼庵での館野公一、二回目となるライブは無事に終わった。こうした集いは、一回目より実は二回目のほうが難しいのだが、昨晩は予想をこえて参加者全員で10数名が集う盛況となった。
 正直なところお客は5名も入れば良しというのが、誰に限らず昨今の音楽ライブの現状なのだから、ろくに宣伝告知もしていないウチとしては嬉しい誤算であった。来られたのは映画塾からも三留御大を入れて4名、詩朗読会のほうからも2名、さらにマス坊の音楽仲間も初めて来てくれた方も含めて計10名もの観客が集まったのだ。客層のバランスも実に良い。本当に嬉しいことだ。

 自分のパートに関しては、先に報告したので改めてふれない。結果はともかくも本当に良い観客、ミュージシャンたちを前に、「デビュー」できたわけで、この日は生涯忘れないと思うし来てくれた皆には申し訳なさと共にただただ感謝の気持ちでいっぱいだ。
 それに実に良いライブだったと自分のことはさておき改めて思う。この数年体調不良でずっと心配していたみほこんも万全ではないにしろ復調をしっかり示してくれた。真に才能もパワーも魅力もある彼女がこれからもっと精力的に音楽活動を続けて暗い浮世を明るく元気づけてもらいたいと心から望む。三留某もそうだがこの世にはその存在だけで他者を大きく動かし、人生さえも変えるほどの「力」を持つ女性がたくさんいる。ただ残念ながら諸状況からその可能性、魅力も含めたポテンシャルを発揮する、力を世に示す場がなかなか作れないのである。
 自分は非力な存在だが、そうしたモッタイナイ現状に風穴を開けるべく様々な企画と手段でそうした人たちを全力で応援支援していく。

 また、今回のライブではメインの館野公一氏の実力と深さもいかんなく発揮されたと信ずる。なかなかじっくりと彼の「うた世界」は聴かれることは少ないので来られた観客はこんな「うた」の世界、可能性があるのかと驚かれたことと思う。音楽を通して世界が変わるなんてそんな甘いことは言わないけれど、社会の欺瞞や不正をうたの題材にして問うことはできる。いや、そうしたティピカルソングこそがそもそものうたの原点、出発点の一つであったのだ。
 安倍政権の欺瞞とまやかし、悪辣な手法を直接糾弾するようなうたでなくとも、うたには聴き手の心を動かし長い目でみれば人を、社会を変えていく力が確かにあると信ずる。そうした人を変える、動かす「思いの種」のようなものがうたに限らず芸術には常に内在している。
 昨晩ウチに集ってくれた方々も館野公一のうたからその種をもらったのではないか。彼の唄は長いし通して聴くのはしんどいというときもあるかもしれない。が、聴けば必ず聴く前と何かが変わってくる。見る景色も違ってくるかもしれない。となるとうたは人を、世界を変えていくのである。

 そうした素晴らしい歌い手たちをこれからもできる限り紹介したいし音楽に限らずなかなか知られていない=モッタイナイアーチストを応援していきたいと考えている。
 思えば、館野公一がこの数年来、国立市谷保の駆け込み亭で続けているライブ企画、「語りうたの継承」シリーズの第一回目の共演ゲストがみほこんだったという。それからしだいに何年も彼女は長いトンネルに入ってしまい、今回ようやく脱して再びの共演となったのだ。実にめでたくも嬉しいではないか。そうした二人の再会の場をつくることができたのだ。
 おかえり、みほこんという気持ちは自分も館野氏も同様であった。

 一つの成果を成しえたと思うのは自惚れか。しかし、いくつかのすべきことを終えてこうして一つ一つできることをやっていけばまた次へと続き始まっていく。また次へと、春から動き出していく。