3月10日に、思うこと ― 2014年03月10日 09時52分22秒
★戦争とはカッコいいものであるか アクセスランキング: 194位
今日は3月10日。陽射しは強く暖かい春の朝だが、今日は北風が強く音立てて吹き荒れていてともかく寒くて野外にはいられない。硝子戸の中にいればのどかな週明けの朝である。
3月10日、というと、大震災の前日であるが、東京に住む者にとっては「大空襲」という言葉がすぐに思い浮かぶ。自分は戦後世代であるし、「三丁目の夕日」的子供時代は過ごしてきたが、本物の戦争は何一つ体験していない。それでも母やその世代から折にふれて、「3月10日の大空襲」については聞かされてきた。ゆえに体験はしていないが「戦争を知っている」と思っている。
母は当時女学生で、一家は北区東十条に住んでいた。その空襲ではそこらは何一つ被害は受けなかったが、その夜、母が寝る前?に二階の物干し台から見たら、東の空の方向が一面真っ赤に明るくてどこが空襲にあったのかと不安な思いで見上げたと言う。新聞が読めるほどの明るさだったと。
夜でも明るいというのは焼夷弾や爆弾を落とされ密集した人家が燃え燃え盛る炎のことである。じっさいその「明るさ」は多摩地区からも見えたと誰か古老が言っていたが真偽のほどは確認していない。ただそれほどの猛火であった。いったい何万人がその空襲で死んだのか。それも兵隊、軍人ではない。まったくの一般市民、民間人である。一説に死亡者は10万人を超すとも言われ、、単独の空襲による犠牲者数は世界史上最大であると記されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E7%A9%BA%E8%A5%B2
この米軍が行った民間人に対する無差別攻撃は、人類に対する犯罪であり、南京虐殺に匹敵するジェノサイドであると自分は考える。それは広島、長崎に対して原爆投下と同じく本来裁かれて然るべきと思うが、それはさておく。戦争を「犯罪」ととらえる時、常に陥る論理、どの戦争が正しいとか、その攻撃は情勢打開のため仕方ないとか言う議論と同じく無意味かつ不毛な話のように思える。
慰安婦問題に関しても、今では、そんなものはどこの国にもあった、戦争だから仕方なかった、何で日本だけことさらに問われるのか、といった、「戦争是認、開き直り」とも受け取られる発言が広く出まわり今の世代ではそうした認識が「肯定・認定」されつつある。いや、むしろ、南京虐殺も含めて慰安婦も「なかった」、歴史のねつ造だったとしていこうということであろう。それが正しく、本当のことであったか、今ここで真偽のほどについては触れないし論争もしたくない。
ただ一つだけ確かなことは、戦争というのは、ヒットしている話題の映画のように、国家を守る勇ましい軍人たちだけの戦闘美談だけではなく、3月10日の大空襲や、広島、長崎のように、まったく戦争行為とは無関係な民間人、市井の女子供や老人たちが一瞬で「虐殺」的に殺されてしまうまさに非人道的行為そのものだということだ。
彼ら米軍の非道を糾弾することもたやすい。が、そもそもどうして米軍、連合国側が日本にそうした空襲を仕掛けてきたのかそこに至る道筋も今の人たちは知らねばならない。これは否定もできずねつ造でもなく、歴史的史実として誰もが認めることとして、この日本はかつて大陸に侵略し他国の領土を奪い、その地の人たちを従わせさまざまな戦闘行為、略奪行為をしてきたのである。そして現地の人たちに慰安婦の強要をはじめさんざん非道な行為もしてきた。そして当初は日本の領土は三国協定の同盟国、ナチスドイツとイタリアと同様に、東アジアで膨れ上がり強大な日本帝国となりえた。
が、連合国側の巻き返しと米国の参戦によって情勢は悪化、敗戦に次ぐ敗戦で日本は大陸では撤退、本土も領空権すら失い、無防備に米空軍の空襲をただ待つことしかできなかった。本来、もはやその早い時点で、日本は降伏し白旗を掲げれば沖縄での民間人を多数巻き込んだ決戦もなかったし、全国各地の大空襲、そして広島長崎への原爆投下もなかった。まさに時の指導者たちの愚策、判断ミスで戦争被害は増大し記録的死者と損害をこの国は被ったのである。
戦争とはこうしたものなのだ。我々戦後世代が知る戦争とは、兵士たちが敵方の兵士とドンパチ打ち合うシューティングゲームのようなものだとか、敵機との飛行機同士の手に汗握る空中戦のようなものをイメージする。が、大陸に渡った日本軍兵士の八割方が餓死疲労死したと伝えられるように、じっさいの戦争とはまったく映画やマンガ、小説のようなカッコいいものではない。特に内外問わず民間人をも殺し殺されるまったく無意味で情けないただ悲惨かつ愚かなものでしかなかった。
声を大にして言う。けっきょくのところ戦争とは殺し殺される人殺しの犯罪行為でしかない。国家を守る、領土を守るとしてもそのためにたとえ兵隊同士であろうとも殺し合いはしてはならない。何故なら彼らには家族がいる。一人の兵隊の無念の死の裏には何人もの家族と友人、仲間たちがいる。
そして武力による解決は常に遺恨を残す。それはテロという報復すら生む。殺された者は何も言わないが残されたものは殺した側を恨む、憎しみ続ける。どのような行為でも加害者は被害者の痛みに常に思いいたるべきであろう。日本は大陸で何をしてきたのか今一度思い起こすべきだ。何故、韓中らが日本を今も執拗に糾弾し続けるのか。そこには理由があるのである。
残念ながら死んだ人たちは何も言わない。静かに眠っている。が、残された者がいてできることがあるとしたら、彼らのためにも二度と同じ過ちを繰り返さないことでしかない。それは戦争という人類最大の愚行を再び繰り返さないことだ。戦闘行為だけでなく戦争に巻き込まれて死ぬ人を一人でも出さないということだ。
夜中でも新聞が読めるほど赤く空が燃えた。その空の下では何万人もの民間人が猛火に焼かれ逃げまくった。再び彼らと同様に戦争で逃げまどい殺される人があってはならないではないか。日本人も外国人の区別なく。
余談である。古本屋として様々な本を一通り目にしてきて気づくことは、戦後すぐは日本国憲法に関してもあれは「米国に無理やりに押し付けられた」という意見はまず見たことがない。それは進駐してきた占領軍、GHQに配慮してということもあろう。が、国民感情として、あの憲法を敗戦後の日本人は嬉々として受け入れていた。おそらく悲惨な戦争を体験して当時の国民の誰もが心底、戦争はもうこりごりだ、この平和憲法でもう戦争をしないですむ、この憲法は素晴らしいと本心から思ったからだと信ずる。
それが歳月がたつに連れ、徐々に臆面なくも「あの憲法は無理やり進駐軍に押し付けられたものだから破棄して、自主憲法選定を」という意見が出てくる。そして今では、憲法を骨抜きにして積極的平和主義と称してまた戦争をする、武器も輸出していくと安倍首相は胸をはる。しかしそうした論を支持する者に限って、戦争の現実をまったくわかっていない、戦争を何も知らない世代なのである。
今日は3月10日。陽射しは強く暖かい春の朝だが、今日は北風が強く音立てて吹き荒れていてともかく寒くて野外にはいられない。硝子戸の中にいればのどかな週明けの朝である。
3月10日、というと、大震災の前日であるが、東京に住む者にとっては「大空襲」という言葉がすぐに思い浮かぶ。自分は戦後世代であるし、「三丁目の夕日」的子供時代は過ごしてきたが、本物の戦争は何一つ体験していない。それでも母やその世代から折にふれて、「3月10日の大空襲」については聞かされてきた。ゆえに体験はしていないが「戦争を知っている」と思っている。
母は当時女学生で、一家は北区東十条に住んでいた。その空襲ではそこらは何一つ被害は受けなかったが、その夜、母が寝る前?に二階の物干し台から見たら、東の空の方向が一面真っ赤に明るくてどこが空襲にあったのかと不安な思いで見上げたと言う。新聞が読めるほどの明るさだったと。
夜でも明るいというのは焼夷弾や爆弾を落とされ密集した人家が燃え燃え盛る炎のことである。じっさいその「明るさ」は多摩地区からも見えたと誰か古老が言っていたが真偽のほどは確認していない。ただそれほどの猛火であった。いったい何万人がその空襲で死んだのか。それも兵隊、軍人ではない。まったくの一般市民、民間人である。一説に死亡者は10万人を超すとも言われ、、単独の空襲による犠牲者数は世界史上最大であると記されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E7%A9%BA%E8%A5%B2
この米軍が行った民間人に対する無差別攻撃は、人類に対する犯罪であり、南京虐殺に匹敵するジェノサイドであると自分は考える。それは広島、長崎に対して原爆投下と同じく本来裁かれて然るべきと思うが、それはさておく。戦争を「犯罪」ととらえる時、常に陥る論理、どの戦争が正しいとか、その攻撃は情勢打開のため仕方ないとか言う議論と同じく無意味かつ不毛な話のように思える。
慰安婦問題に関しても、今では、そんなものはどこの国にもあった、戦争だから仕方なかった、何で日本だけことさらに問われるのか、といった、「戦争是認、開き直り」とも受け取られる発言が広く出まわり今の世代ではそうした認識が「肯定・認定」されつつある。いや、むしろ、南京虐殺も含めて慰安婦も「なかった」、歴史のねつ造だったとしていこうということであろう。それが正しく、本当のことであったか、今ここで真偽のほどについては触れないし論争もしたくない。
ただ一つだけ確かなことは、戦争というのは、ヒットしている話題の映画のように、国家を守る勇ましい軍人たちだけの戦闘美談だけではなく、3月10日の大空襲や、広島、長崎のように、まったく戦争行為とは無関係な民間人、市井の女子供や老人たちが一瞬で「虐殺」的に殺されてしまうまさに非人道的行為そのものだということだ。
彼ら米軍の非道を糾弾することもたやすい。が、そもそもどうして米軍、連合国側が日本にそうした空襲を仕掛けてきたのかそこに至る道筋も今の人たちは知らねばならない。これは否定もできずねつ造でもなく、歴史的史実として誰もが認めることとして、この日本はかつて大陸に侵略し他国の領土を奪い、その地の人たちを従わせさまざまな戦闘行為、略奪行為をしてきたのである。そして現地の人たちに慰安婦の強要をはじめさんざん非道な行為もしてきた。そして当初は日本の領土は三国協定の同盟国、ナチスドイツとイタリアと同様に、東アジアで膨れ上がり強大な日本帝国となりえた。
が、連合国側の巻き返しと米国の参戦によって情勢は悪化、敗戦に次ぐ敗戦で日本は大陸では撤退、本土も領空権すら失い、無防備に米空軍の空襲をただ待つことしかできなかった。本来、もはやその早い時点で、日本は降伏し白旗を掲げれば沖縄での民間人を多数巻き込んだ決戦もなかったし、全国各地の大空襲、そして広島長崎への原爆投下もなかった。まさに時の指導者たちの愚策、判断ミスで戦争被害は増大し記録的死者と損害をこの国は被ったのである。
戦争とはこうしたものなのだ。我々戦後世代が知る戦争とは、兵士たちが敵方の兵士とドンパチ打ち合うシューティングゲームのようなものだとか、敵機との飛行機同士の手に汗握る空中戦のようなものをイメージする。が、大陸に渡った日本軍兵士の八割方が餓死疲労死したと伝えられるように、じっさいの戦争とはまったく映画やマンガ、小説のようなカッコいいものではない。特に内外問わず民間人をも殺し殺されるまったく無意味で情けないただ悲惨かつ愚かなものでしかなかった。
声を大にして言う。けっきょくのところ戦争とは殺し殺される人殺しの犯罪行為でしかない。国家を守る、領土を守るとしてもそのためにたとえ兵隊同士であろうとも殺し合いはしてはならない。何故なら彼らには家族がいる。一人の兵隊の無念の死の裏には何人もの家族と友人、仲間たちがいる。
そして武力による解決は常に遺恨を残す。それはテロという報復すら生む。殺された者は何も言わないが残されたものは殺した側を恨む、憎しみ続ける。どのような行為でも加害者は被害者の痛みに常に思いいたるべきであろう。日本は大陸で何をしてきたのか今一度思い起こすべきだ。何故、韓中らが日本を今も執拗に糾弾し続けるのか。そこには理由があるのである。
残念ながら死んだ人たちは何も言わない。静かに眠っている。が、残された者がいてできることがあるとしたら、彼らのためにも二度と同じ過ちを繰り返さないことでしかない。それは戦争という人類最大の愚行を再び繰り返さないことだ。戦闘行為だけでなく戦争に巻き込まれて死ぬ人を一人でも出さないということだ。
夜中でも新聞が読めるほど赤く空が燃えた。その空の下では何万人もの民間人が猛火に焼かれ逃げまくった。再び彼らと同様に戦争で逃げまどい殺される人があってはならないではないか。日本人も外国人の区別なく。
余談である。古本屋として様々な本を一通り目にしてきて気づくことは、戦後すぐは日本国憲法に関してもあれは「米国に無理やりに押し付けられた」という意見はまず見たことがない。それは進駐してきた占領軍、GHQに配慮してということもあろう。が、国民感情として、あの憲法を敗戦後の日本人は嬉々として受け入れていた。おそらく悲惨な戦争を体験して当時の国民の誰もが心底、戦争はもうこりごりだ、この平和憲法でもう戦争をしないですむ、この憲法は素晴らしいと本心から思ったからだと信ずる。
それが歳月がたつに連れ、徐々に臆面なくも「あの憲法は無理やり進駐軍に押し付けられたものだから破棄して、自主憲法選定を」という意見が出てくる。そして今では、憲法を骨抜きにして積極的平和主義と称してまた戦争をする、武器も輸出していくと安倍首相は胸をはる。しかしそうした論を支持する者に限って、戦争の現実をまったくわかっていない、戦争を何も知らない世代なのである。
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