小泉元首相の「回心」について思う・後2013年11月17日 23時29分07秒

★亡国に至るを知らざればこれ即ち亡国   
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 小泉元首相の「原発即ゼロ」発言について書いている。

 もはや原発再稼働、そして新規建設はありえないことは国民的人気を今もほこる小泉氏が言うぐらいなのだから、良識ある国民誰にとっても「常識」なのである。
 彼の先だっての日本記者クラブでの「講演」記録を読んでその思いを強くした。が、この日の記者からの質問応答でも何故彼が推進派から脱原発へと舵を切ったのかその本当の真意は見えてこない。

 ある意味、ポビュリスムの権化のような、大衆の心理をつかむのに長けた彼特有の無意識的時代認識ではないかという気もする。
 というのは、原発以外についても普天間基地移設や、中国や米国との関係の問題についても語っているのだが、それは相変わらずの「与太話」のようなものであった。つまり彼自身の根幹、その基本の姿勢は何も変わっていない。もし本当に「回心」したのなら、野中元幹事長たちのように赤旗にも登場して今の自民党政権批判を繰り広げるだろうから、あくまでも「変化」したのは原発に関してだけの彼の認識であろう。

 だが、彼の言っていることはごく至極真っ当であり、誰も異を唱えられない。脱原発を言うならば対案、代替案を示さないのは無責任だと言う批判に対しても、小泉一個人で示せと言われてもできやしない。ただそれはもう国民意識の大きな流れなのだから政府が決断し国家を挙げて新技術を生み出して代替エネルギー確保に取り組んでいけば良いというのも正しい。
 そして原発即ゼロ、と決定しない限り、そうした国家的気運は高まらないし、動きは加速しない。この国の英知を結集すればそれは必ず成し得ると筆者もまた彼に強く共感する。

 じっさいのところ、原発は昔から「トイレのない家」だと言われてきた。小泉氏が言うように核のゴミ、つまり「高レベル放射性廃棄物」の処理場はどこにも受け入れ手がないのである。それは3.11以前もそうであったし、フクシマの原発事故後にそれを受け入れたいという自治体が現れるはずもない。ということは、まさに今も原発とはトイレのない家であり、その上でなおも原発は必要、再稼働するならば新規建設も有り得る、と口にする者こそ「無責任」である、とはまさに「異議なし!」である。このまま溜まり増え続ける核のゴミをどう処分するのか原発再稼働論者に自分も訊いてみたい。
 
 このことは、ひとたび事故が起きたら大ゴトとか、安全性は確保されたからもう事故はまず起きないとか、いう次元の論争ではない。もう二度と放射能が漏れだすような事故が起きないとしてもその核廃棄物の処理をどうする算段でいるのかということだ。小泉氏が言うように、うんと地下深く埋めたとしても何万年も先の人類に危害が及ぶ可能性だってあろう。
そもそもこの脆弱な地盤の地震大国に50を超す原発を作ってしまいその処分場も定まらないという事態が異常だったのである。小泉氏もようやくそのことに目が開いた、ウロコが落ちたのだと思える。

 ただ、氏は、首相が決断すれば即原発ゼロは可能だと言うが、政治家である限り、いや、政権を担当する側にいる限りそれは難しい、まず不可能だと自分は思う。小泉氏は今はほぼフリーの立場であるから好き勝手なことを何でも言える。まあ、元からそういう性格でもあった。が、財界の支援を受けて、その顔色を常に窺っている政権担当者たちが、「本音」を口にできるのは、野中氏、古賀氏のように政界を引退し後援してくれた彼らと縁が切れてからのことで、現役中は絶対にできない。それは野党時代の民主党がマニフェストで、コンクリートから人へとか、脱ダム宣言や公共事業抑制を掲げても政権をとったとたん、それらは腰砕けになったように、要するに財界と米国の顔色を窺いつつでないとこの国の政治は立ち行かない。

 じっさいのところ、原発再稼働は財界の意向、方針なのである。国民がどんなに脱原発を叫ぼうと、日立や東芝ら本業の家電がダメで、海外での原発製造受注で何とか企業存続を図ろうとしている大会社としてはまず日本国内で原発が稼働してくれないことにはセールスもできない。国内では原発ゼロを掲げて海外では原発建設という二枚舌では商売は成り立たない。ゆえに、原発再稼働と新規建設は国策としてこれからも続いていく。

 ただ、今回の小泉氏の発言には勇気づけられた点も多々ある。もはや政治や政治家に期待して、彼らに何かをやってもらおうというのは無力ではないかと自分も考えていた。手順から言えば新しい脱原発政党やそうした勢力を結集させて選挙で議席を増やしていくべきだと思う。しかしそんなことを言っていたらたぶん永久に原発はなくならない。即ゼロ!にしろという強い国民全体の声を国民一人一人が常に叫び続けることからモノゴトは動いていくのではないか。

 まず民主的勢力を結集してなんてゆうちょうなことを言っていたら原発は次々とまた再稼働されていきそうこうしているうちに巨大地震がまた起きる。そのときにまた「想定外」の事態が起きるかもしれない。ならば小泉氏が言うように、一個人がその思いをもって行動していくしかない。

彼は言う。

 私はいろいろな人から、「新党を考えたらどうか」とか「『原発ゼロ』を展開している人と連携したら」と言われるが、それぞれの立場でやった方がいいんじゃないかと。主張を展開するときには、誰が賛成しているか、誰が反対しているかというよりも、やっぱりやむにやまれぬ気持ちがないと公に自分の主張は展開できない。「一人でもやる」という気持ちでやらないとダメだ。
 連携を呼びかけている人には、そう言っているんです。「自分は本当にこう思うんだ」ということを展開していかないと、なかなか世の中は動かせない。
 国民が本当に「原発ゼロ」の社会を望むなら、国民の皆さんもそういう気持ちを持って運動していけば、必ず政権に届くはずですよ。
                                        
 この発言は重い。