大変な時代がやってくるが ― 2013年11月27日 19時44分45秒
★時代は右へ右へと転がり落ちようとも 現在のアクセスランキング: 265位
今これを読んでくれた貴方へ
この時代が貴方にとって生きやすく楽しい、楽な世の中であるならば、自分もまた嬉しい。誰にとってもそうであってほしいと望む。
が、自分においてはどう考えても今は生き辛く、またこれからさらに行き難い苦しい大変な時代となるだろうと予測している。何故なら景気回復はどこ吹く風、本やCDなど文化的商品は売れず、収入は減り続けているところに来年4月からの消費税率アップである。景気がバブル時代のように回復し社会の底辺まで誰の懐もある程度の余裕が戻れば趣味嗜好品にまでお金が動くが、今は皆食べるのと生活防衛に精一杯でとても不要不急のものには金は使わない。貴方の給料、年金は上がっているのですか。
ましてそこに紙離れの時代状況と活字離れ、読書人口の激減が印刷、出版流通業界を苦しめている。タバコ産業がそのタバコではやっていけないように、この業界も、個人でも編集、印刷出版、配信もできてしまうパソコンとネットの時代には「紙」メディアとその業界の必然性と必要性が問われている。
そしてそこに右傾化していく時代の流れだ。この時代を歓迎し、生きやすい待ち望んだ世の中が来た、と喜ぶ人もいるかもしれない。それで気持ちも生活も楽になり収入も増えるなら良いことだ。だが、残念だが自分はそうは思わないし、これから始まる新たな時代について大いに危惧している。どう考えても自分にとっては生き辛い大変な時代がやってくる。
何でも自由に発言し何でも自由に調べて発表したり、自由に好き勝手なことを書いたり呼びかけたりすることがこれからも自由にできるなら問題ない。が、秘密保護法のある時代には、果たしてそうした「自由」が保障されるのだろうか。それはスパイや非国民を取り締まるためのもので一般国民、自分には関係ないと思えるだろう。が、スパイか非国民か決めるのは公安当局であり、もし秘密保護法違反で突然貴方は逮捕されてもその逮捕理由も明かされないし、裁判でも弁護士にも知らされないのだからどうすることもできない。
ならば政治的なことはできるだけ口をつぐむしかないし、見ても見ぬふり、知らぬふりをするのが得策だろう。うっかりネットでブログに書いたり、ましてマスコミに告発などしたらオオゴトである。このブログもだが迂闊なこと、反政府的なことは書けなくなる。いや、書けたとしても覚悟がいる。もとより「非国民」的な自分はマークされているだろうからどうしたものか。
実は昨日、秘密法が委員会で可決されたのを確認してから大慌てでブログでそのことを書いて、また山梨へ在庫本の搬送へ行って一泊してきた。向こうは、テレビがないどころか、ラジオのFMさえ、八ヶ岳のコミニュティFMで地元のニュースしか入らない。で、今日27日の夕刻、戻ってきて、昨日の秘密保護法衆院可決に続いて参院で国家安全保障会議、日本版NSC設置法案も圧倒的多数で可決成立したことを知った。賛成はなんと213、反対したのは共産党らわずか18人。愕然とした。
いったいなんでこんな時代が来たのか。日本人はこうした右へ右へとひたらすら突き進む時代を待ち望んだのかと不思議でならない。3.11は日本人に何をもたらしたのか。意識は変わったのではなかったのか。変わった結果が自民党への圧倒的支持だったのか。現政権と議員はクーデーターによるものでもなく我々国民が選んだ人たちだからそこに正当性は間違いなくある。しかし、こうした法案をつくってほしいと私たちは望んだのだろうか。議員というのはそこまで全権委任された何でも可能な力あるものなのか。
繰り返すが生き辛い大変な時代がやってくる。それはお前にとってだろうという声も聞こえる。が、赤だから左だから生き辛くて、右ならば生きやすい、楽な時代なんてあるのだろうか。もしそうだとしたらそれは戦前のような国家主義の嵐が吹き荒れ威勢のいい掛け声で出征兵士を送り出す国家統制の時代ではなかろうか。
昨日も書いたが、どのような時代が来ようともこれからも好き勝手に好きなことを書き好きなことをやっていく。ただ、こんな時代だからこそうっかり足を救われないよう、心して丁寧に慎重に油断しないようやらないとならない。全てきちんとしていく。まだこんな自分にもできること、やるべきことがあると信じて。そしてその日に備えていく。鈍った体と倦んだ心を鍛え直していく。自らの能力を高めて力を蓄えておく。そして困っている隣人がいれば自分が望むことを彼にしていく。それこそが大変な時代にすべきことだと山梨で八ヶ岳を見上げて誓った。
今これを読んでくれた貴方へ
この時代が貴方にとって生きやすく楽しい、楽な世の中であるならば、自分もまた嬉しい。誰にとってもそうであってほしいと望む。
が、自分においてはどう考えても今は生き辛く、またこれからさらに行き難い苦しい大変な時代となるだろうと予測している。何故なら景気回復はどこ吹く風、本やCDなど文化的商品は売れず、収入は減り続けているところに来年4月からの消費税率アップである。景気がバブル時代のように回復し社会の底辺まで誰の懐もある程度の余裕が戻れば趣味嗜好品にまでお金が動くが、今は皆食べるのと生活防衛に精一杯でとても不要不急のものには金は使わない。貴方の給料、年金は上がっているのですか。
ましてそこに紙離れの時代状況と活字離れ、読書人口の激減が印刷、出版流通業界を苦しめている。タバコ産業がそのタバコではやっていけないように、この業界も、個人でも編集、印刷出版、配信もできてしまうパソコンとネットの時代には「紙」メディアとその業界の必然性と必要性が問われている。
そしてそこに右傾化していく時代の流れだ。この時代を歓迎し、生きやすい待ち望んだ世の中が来た、と喜ぶ人もいるかもしれない。それで気持ちも生活も楽になり収入も増えるなら良いことだ。だが、残念だが自分はそうは思わないし、これから始まる新たな時代について大いに危惧している。どう考えても自分にとっては生き辛い大変な時代がやってくる。
何でも自由に発言し何でも自由に調べて発表したり、自由に好き勝手なことを書いたり呼びかけたりすることがこれからも自由にできるなら問題ない。が、秘密保護法のある時代には、果たしてそうした「自由」が保障されるのだろうか。それはスパイや非国民を取り締まるためのもので一般国民、自分には関係ないと思えるだろう。が、スパイか非国民か決めるのは公安当局であり、もし秘密保護法違反で突然貴方は逮捕されてもその逮捕理由も明かされないし、裁判でも弁護士にも知らされないのだからどうすることもできない。
ならば政治的なことはできるだけ口をつぐむしかないし、見ても見ぬふり、知らぬふりをするのが得策だろう。うっかりネットでブログに書いたり、ましてマスコミに告発などしたらオオゴトである。このブログもだが迂闊なこと、反政府的なことは書けなくなる。いや、書けたとしても覚悟がいる。もとより「非国民」的な自分はマークされているだろうからどうしたものか。
実は昨日、秘密法が委員会で可決されたのを確認してから大慌てでブログでそのことを書いて、また山梨へ在庫本の搬送へ行って一泊してきた。向こうは、テレビがないどころか、ラジオのFMさえ、八ヶ岳のコミニュティFMで地元のニュースしか入らない。で、今日27日の夕刻、戻ってきて、昨日の秘密保護法衆院可決に続いて参院で国家安全保障会議、日本版NSC設置法案も圧倒的多数で可決成立したことを知った。賛成はなんと213、反対したのは共産党らわずか18人。愕然とした。
いったいなんでこんな時代が来たのか。日本人はこうした右へ右へとひたらすら突き進む時代を待ち望んだのかと不思議でならない。3.11は日本人に何をもたらしたのか。意識は変わったのではなかったのか。変わった結果が自民党への圧倒的支持だったのか。現政権と議員はクーデーターによるものでもなく我々国民が選んだ人たちだからそこに正当性は間違いなくある。しかし、こうした法案をつくってほしいと私たちは望んだのだろうか。議員というのはそこまで全権委任された何でも可能な力あるものなのか。
繰り返すが生き辛い大変な時代がやってくる。それはお前にとってだろうという声も聞こえる。が、赤だから左だから生き辛くて、右ならば生きやすい、楽な時代なんてあるのだろうか。もしそうだとしたらそれは戦前のような国家主義の嵐が吹き荒れ威勢のいい掛け声で出征兵士を送り出す国家統制の時代ではなかろうか。
昨日も書いたが、どのような時代が来ようともこれからも好き勝手に好きなことを書き好きなことをやっていく。ただ、こんな時代だからこそうっかり足を救われないよう、心して丁寧に慎重に油断しないようやらないとならない。全てきちんとしていく。まだこんな自分にもできること、やるべきことがあると信じて。そしてその日に備えていく。鈍った体と倦んだ心を鍛え直していく。自らの能力を高めて力を蓄えておく。そして困っている隣人がいれば自分が望むことを彼にしていく。それこそが大変な時代にすべきことだと山梨で八ヶ岳を見上げて誓った。

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