ともかく描け! ともかくうたえ!2015年02月09日 22時49分07秒

★東村アキコの『かくかくしかじか』に泣いた。 アクセスランキング: 109位

 漫画を読んで泣いたのはいつ以来だろうか。、それもジャンルは少女漫画なのだが、思わず泣いた。泣かされた。
 今もっとも油が乗って人気作を多発している東村アキコの自伝マンガ、集英社の「ココハナ」連載中の『かくかくしかじか』が最終回を迎える。
 少女漫画といってもこの作家は、先日映画化された『海月姫』や傑作『ひまわりっ』や『メロポンだしっ』など、雑誌、ジャンルを選ばず基本的にハイテンションサブカルコメディを得意とするギャグ作家で、そのオタク的うんうん、あるある世界で近年多方面から注目されていた。

 『かくかく~』も同様のテイストを保ちつつも実は彼女の「マイバックページ」の物語で、漫画家を漠然と目指していた宮崎のダメ少女が、漫画家として成功した今、過去を振り返りペンをとる。彼女に多大な影響を与えた今は亡きある「先生」について悔恨と感謝の気持ちを込めて捧げた愛の物語である。

 主人公である作家本人である明子は美大進学を目指して地元の絵画教室に通う。そこで出会った日高先生は、常にジャージ姿に竹刀を持って、容赦なく明子たち生徒をスパルタ式に鍛え上げていく。
 最初は驚き反発していた明子も彼の厳しくも愛ある指導で金沢の美大に受かり、やがては先生の右腕として教室を手伝うが、漫画家の夢忘れがたく、結局は先生を捨てて大阪に出てプロの漫画家としてしだいに売れていく。だが、日高先生は癌になり・・・

 物語は現在の視点で、高校のとき先生との出会いから順に振り返り、合間合間に人気作家となったアキコ自身が顔だしては過ぎた愚かな日々に悔恨の思いを吐きだしつつもじょじょに現代へと話は進んでいく。このベタな、ストレートすぎる語り口もいかにもこの作家らしく読み手を楽しませ笑わせる。が、圧巻はその恩師日高先生の圧倒的存在感で、常にハイテンションで切れ気味ながら芸術にかける思いと、子弟たちに対する強い愛に満ちたものすごい人で、まさにエキセントリック。だけど憎めず主人公と同じくいつしか魅せられてしまうのだ。

 私的なことだが、マス坊もいちおう美大をめざし、こうした進学のための絵画教室に通って石膏像とか描かされていたこともあるので、世代は違っても実にこの世界はよく「ワカルワカル」と共感できた。
 ただ残念なことに日高先生のような本当に良い教師、それは人生の師とも呼べるほど強い愛ある師とは出会えなかったことで、今の売れっ子漫画家東村アキコが存在するのはまさに彼との出会いがあったからだと頷けるものがある。

 日高先生は死ぬ間際まで、「描け!」とひたすら教え子一人一人に説き続けていた。描くという行為、それは他の芸術行為「書く」でも「うたう」でも何だって同じで、そこに理由や理屈なんて何もないし必要ではない。ともかく絵ならば描くしかないわけで、小説なら書かねばならないし、歌ならば唄わねばならない。芸術を志すものは当然のことだった。
 人は弱いからすぐ立ち止まり考えてしまう。また様々な誘惑や外の事情に志は揺らぎもする。しかしそんな余裕は本来ない。まさに人生は短く芸術は長く深いのだから。

 先生は芸術を心底から信じ愛し、その思いを後から続く者たちに伝えよう知らしめようと愚直までに熱く真っ正直に、描け、描けと叫びながら死んでいく。その迷いのない強い生き方に明子は圧倒され結局は先生から逃げて漫画家の道を選ぶ。期待に応えられず何もできなかった悔いと今がある感謝の気持ち、亡き恩師への深い愛がこの漫画を描かせた。

 そう、どんなことでも芸術に理屈や能書きなんていらないのであった。絵ならばとも描く、描き続けるしかないし、何であろうとその行為を続けるしかない。うたえ、走れ、動け、生きろ!そしてそれこそが本当の人生なのだと今はわかる。
 そんな当たり前のことを、いや当たり前すぎて忘れていたことを、この漫画から、愛弟子明子の描く日高先生の熱い姿から教えてもらった。

 人生においてこれほど素晴らしい無私の愛の人と出会えた幸福を今東村アキコは悔恨の苦いテイストで振り返る。この漫画は亡き先生への恩返しでもあろう。しかし、これは芸術が繋いだ幸福な師弟の出会いと別れの物語であり、漫画誌に残る傑作となった。必読の漫画である。

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