脱電化生活のススメ・前2014年02月20日 22時25分22秒

ウチの近所は今もまだこんなに雪が残っている。
★もしものときに停電で困らないためにも        アクセスランキング: 183位

 二度目の大雪から一週間がたとうとしている。さすがに道路の端に積み上げられた雪は日なた側はだいぶ溶けてきた。が、陽の当たらない北西側、まして建物の陰となっている一帯は今もまだ人の肩までの高さの凍った雪の塊が山積みである。
 田畑はまだ一面の銀世界のままだし、すべての雪が溶けるまでにはまだ当分時間がかかろう。よほど暖かい、春一番が吹くような日があればともかく、たぶんまた3月には新たな降雪があってもおかしくない。今更だが、大雪以降、除雪除雪の毎日である。
 予報では、今週半ばにもまた積雪と出ていたので、幸いそれが今回は外れたようでほっとしている。これでまたさらに積もれば、もう山梨は完全にアウト、ギブアップである。

 県全体が陸の孤島と化してしまった山梨県でもようやく中央道が多々規制は出ているものの一応動きだし徐々に雪による孤立した集落は解消されているようだ。
 NHKのローカルニュースでは、ずっと山梨県早川町というところを追っていて、そこの集落は雪に閉ざされ孤立していただけではなく、電気も停電して危機的状況だった。県内にはおまけに断水もしたところもあったりと雪がやんだ後も何日も山間部の住民は不便を強いられていた。ようやく今日木曜になって除雪が進みカメラも入れるようになり、電気も点くようになったと喜ぶ住民の姿が報じられた。
 結局、停電でコタツなどの暖房器具が使えないので、明りはロウソクで、暖は湯たんぽをいくつも沸かしてそれで何とか雪の中でも生きながらえた。幸いガスは使えたから湯たんぽの湯は沸かせたのだ。

 報じられるところだと、そうした雪の中で孤立したままの集落は、関東山梨だけで、まだ500世帯もあり、そのうち85軒が今も停電しているらしい。断水しているところかなりあるようだ。
 しかしこの数字は、行政に救出を求めた、連絡がとれた人たちであって、じっさいは、同様の事態になっていても諦観したり電話さえも普通であったりして雪の中でただじっとしている人たちも多いのではないか。

 マス坊が縁あって管理することになった山梨県北杜市須玉のこれからスタジオとして手を入れていく予定の古民家がある一帯は、報道には名前も出てこないが、やはり同様の山間の過疎集落で、1mを超す積雪の中だと推測される。ウチのお隣さんの老婦人に電話で確認したところ、除雪もされないので道がなくなり一歩も外へは出られず外からも誰も入れず、仕方なく缶詰など食べながらテレビでオリンピックを観ているとのことであった。停電しなかっただけ幸いだ、とはなかなか逞しい。

 気になるその地域の様子をネットで調べたら、山梨日日新聞が配信した記事がみつかった。ちょうどウチの古民家があるごく近所での出来事が報じられていた。

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140220-00010001-yamanashi-l19
 その記事が読めなくなっているようなので、記事を採録しておく。

大雪で立ち往生 徒歩8時間 決死の生還
山梨日日新聞 2月20日(木)12時16分配信

 北杜市須玉町比志の自宅に帰る県道で14日に車が立ち往生した会社員神戸高志さん(31)が19日までに山梨日日新聞の取材に応じ、婚約者の子どもらと車で一夜を明かし、徒歩で自宅を目指した当時の心境を語った。雪をかき分けながら歩くこと8時間以上。たどり着いた自宅は雪に閉ざされていた。

 神戸さんは14日夜、仕事を終え、婚約者(31)と3人の小学生の子ども、母親(61)と車で自宅に向かっていた。県道を進むにつれ雪が降り積もり、自宅まであと2~3キロの地点にあるトンネルから出られなくなった。近くの駐在所に助けを求めたが、スコップを貸してくれただけ。雪崩がごう音を立てる中、一夜を過ごした。

 翌朝、トンネルの先は高さ1メートル以上の雪。携帯電話の電池が切れて助けを呼べず、車内には飲み物さえない。子どもたちの精神状態は限界に近づく。自宅には介護が必要な祖母(91)が1人。待っていても助けがいつ来るか分からない。神戸さんは覚悟を決めた。

 スコップで雪をかき分け、道をつくりながら進むが、雪崩で2メートル以上積もっている場所もあった。足の悪い母親ははうようにして進み、子どもたちの体は冷え、頬は紫色に変わっていた。

 集落に近づくと、気づいた住民が道をつくってくれ、ようやく自宅にたどり着いた。約30世帯の集落の大半は高齢者。10人ほどで雪かきをし、行き来はできるようになったが、県道の除雪は手つかず。食料が底を突き始めた。テレビやインターネットなどで情報を集めたが、「須玉町比志」に関する情報はなく、寸断された県道は通行止め情報にさえ入っていなかった。「いつまでこんな状態が続くのか」。重機で除雪が進む他地域のニュースを耳にするたび、うらやましく感じた。

 18日にようやく県道が除雪されたが、気持ちは複雑。「もっと大きな災害が起こったら一体どうなるんだろう。北杜市の隅にある小さな集落は、真っ先に忘れられてしまう」


 この記事を読んでマス坊もまったく他人事でないと心底怖くなった。ここに出てくる比志はごく近所でこの県道もそのトンネルもいつも利用しているのである。迂闊に、古民家が心配で東京から無理して雪の中を車で来ていたらこの方と同様にあわや「遭難」するところであった。たぶん自分なら地の利もないので雪の中を彷徨って挙句凍死して今ごろ発見されたことだろう。この一家の方々のご無事を心から喜びたい。

 東京でも奥多摩町では今も孤立した集落が残っている。雪の中で助けを求めているお年寄りたちがいる。わずか数週間の期間だけ催される東京オリンピックに都心に巨大な競技場やら建てる金がふんだんにあるならば、もっと過疎地区のこうした有事や防災に対してしっかり金をかけるべきではないのか。
 それとも人は山村に住むなということなのか。