最悪の運勢の日に・続きの続き2018年04月14日 23時16分23秒

★幸いにして大事に至らなかったけれども

 「笑えるうた」コンサートを終えて、ほろ酔い気分で零時近くに家に戻ったら、誰もいないはずの家に灯りがつき、玄関も開けっ放しであった。コンサートのために家を出たのは午後3時半頃で、むろんのこと電気は全部消して、いちおう玄関の戸も閉めて犬たちに留守を頼んで出たはずであった。
 父はその日は、介護施設にお泊りの日で、戻るのは翌日の夕方のはずである。

 泥棒が家の中にいるかもと、ドキドキしながら入ったら、家の中には犬たちが入っていて我を見て尻尾をふっている。掘りごたつは、赤々と最強のスイッチが入っている。
 もしかしたら・・・と家の一番奥の、父のベッドがある部屋に行ったら、誰かが寝ている。明かりをつけたら、やはり父であった。外出用の衣服のままで布団に入り眠っていた。叩き起こしたら、「何だ!今寝たとこなのに」とご機嫌斜めである。
 施設でまた熱でも出して体調がわるくなったので、家に帰されたのかと案じたがどうやらそうではないらしい。寝ぼけている父を起こして訊くところによると、通っている介護施設「N」から今日の夕方、ふつうに家に送り帰されてきたらしい。
 で、息子がいないので、父はコタツに入り、一人で何かそこらに出ていたパンとかありものをつまんで夕飯済ませて、外で犬が啼いてたので、散歩に連れて行き!?それから家に入りたがったので犬も家にいれたのだと言う。
 確認していなかったが、我の携帯の着信を見ると、その日の夕方、父がいつも帰って来る時刻にその介護施設Nから着信が入っていた。
 夜も遅かったので父をもう一度きちんと寝間着に着替えさせて紙オムツなどもセットして寝かしつけたが、あれこれ考えるに何故に帰る日ではないのに、父は帰されたのかその理由も見当がついて来た。

 このトラブルには伏線があった。父はこのところ週末は必ず施設にお泊りに行っている。土曜に出て、一泊乃至二泊で日曜、もしくは月曜の夕方に戻って来る。我としては、月曜まで常に二泊の予定で父を預けたいし、そうしないと日曜夜にイベントがあると家が空けられず困るのであるが、二週に一度は、父は今回のように日曜夕方に帰って来る。
 その理由は、二週に一度、かかりつけの病院の担当医が我が家まで来て診察してくれる在宅往診の日が月曜にあるからで、その月曜の前の日曜は父は一泊で帰らされる。
 今月のその在宅診療の日は、2日と16日であった。ところが、父を担当しているケアマネジャーがうっかりミスして、その曜日を一週間ズラして間違えて介護施設に連絡していたことがあった。

 今月頭の1日、日曜の夕刻、翌月曜は訪問診療で医師が来る日なので、父はそろそろ戻る頃だと待っていてもいつまでたっても施設から帰ってこない。おかしいな、何かあったのかと不安になり、こちらから父のいる介護施設に電話してみた。そしたらば、お変わりないですよ、明日の夕方いつも通りご自宅へお連れします、という。
 あれれ!?おかしいなと思ったが、その日は我も風邪気味で、父がいないほうが助かったという気持ちもあったので、あれこれ言わずにそのまま預けることにして、翌日の医師による訪問診療は、こちらの都合で、とキャンセルにしてもらった。父の体調も特に何か異常があるわけではなかったし。

 そのうえで、翌朝さっそくケアマネにどういうことかと連絡したら、彼の事務的ミスで、月曜の訪問診察の日を一週ずれて間違えて施設に伝えていたことが判明し平謝りしていた。で、当然のこと、施設にも正しい日程を伝えてくれたはずだったのだが・・・
 どうやら、それが連絡がまたきちんと伝わらず、本来9日月曜の夕方に帰されるはずだった父は、日曜の夕方、誰もいない家に一人で帰されてしまったのだった。
 その晩は、コンサートの興奮も続いていたこともあったが、今回の手違いで父が帰されてしまった事に怒り心頭、あれこれ考えてなかなかすぐに寝付けなかった。

 遅くなったとはいえ、息子である我がその晩帰ってきたから良かったが、もし先日のようにかけこみ亭に泊まったりしていたら、真夜中に父は一人で徘徊して外に出て行方不明になっていたかもしれない。庭先で転んでまた骨折した可能性も高い。掘りごたつも父がいるときはいつものことだが、最強の熱さのレベルにいつも父はスイッチを入れてしまうので、我は常に弱く戻してはつけっぱなしには絶対しないようにしているのだが、その晩は最強のまま、焦げ臭い臭いがするほどの状態のままであった。掘りごたつは底辺部のヒーターの上に埃や靴下など中に落ちたものが載って溜まりやすくしだいに熱くなり発火してしまう。実は先だっては鼻かんだティシュが落ちて焼けて焦げていたこともあった。危うく火事になるかもしれなかったのだ。
 翌朝9時を待ってすぐにケアマネの事務所に電話して、事態を伝えて怒鳴りつけた。向うも平身低頭、あってはならないことですとひたすら謝罪していたが、どうやら今回は、施設側が変更された日程を間違えたままにしてしまい、月曜に帰すはずの父を息子もいないのに日曜夕方に勝手に帰して一人のまま置いてきてしまったことがわかった。
 すぐに施設側からも謝罪の電話があったので、迎える者がいないときには認知症の父を一人にそのままにして帰さないことの徹底を改めて要請した。

 というわけで、このトラブル、我としては、月曜夕方まで父は施設にいるものと思って安心してコンサートに専念していたら、一人で帰されてしまっていたという思わぬ出来事こそ、まさに日破と暗剣殺が重なった日の運勢「予期せぬ事態」だとつくづく思い知った次第。
 が、幸いしてまた神のご加護か、有難いことに事故や家事などの最悪の事態には至らずに済んだ。

 付記:かけこみ亭に置きっぱなしにしていてなくなってしまったと思われたミニアンプも受け渡しの手違い、カンチガイであるべきところにあるのが判明し無事だったことが確認できた。まだ当方には戻って来てはいないが、その一件も無事ことなきを得てほっとした。一度はもう完全に諦めたので、返ってくるとはまさに夢のようである。
 つまるところあれこれ気をもみ大いに心配し悩みもしたが、全ては無事解決した。元通りになった。本当に有難いことだ。
 今回の件は、単に気学だの運勢がどうのこうのという次元のはなしではない。どんなことであれ、特に大事なもの、大切なことは、不慮不測の事態が起きぬよう、連絡事項の確認、管理徹底していかねばならないのだと深く心に刻む良い機会となった。

 運勢は基本変えられはしない。良いことも悪いこともそれぞれ起きる。それはコインの裏表のようなもの。ただ大事なことはそのときどう対処するか、できれば被害や痛手を少しでもどうすれば小さくしていけるかだ。
 あの良寛和尚も言っている。人は災難に遭う時は災難に遭うがよろし、と。そしてその災難からも何を学びどう今後に生かしていくかだ。