屋根の上には猿が2015年11月27日 23時56分56秒

★我が人生にお猿が絡んでくるとは           アクセスランキング:97 位

 来年は申年であるが、今日フツーの日本人でじっさいに猿と関わりを持つ人はまずいないであろう。我もそうであった。
 大昔、半世紀以上も前の幼児の頃、立川の伊勢丹デパートの屋上に、何故か猿の檻があって、バカな子供だったから金網から手を出して、その猿に噛まれたか引っかかれて血が出るケガをした。それ以来お猿とは関わらないよう注意して生きてきたが、まさか還暦近くになって再びまた猿と接近遭遇するとは人生は皮肉なものである。

 我家の屋根には猿が、それもたくさん・・・と書いてもフツーはそんなバカなことがと誰もが思う。我もここに来るまでそうだった。
 山梨の北部、北杜市須玉町江草という山里の古民家と関わるまでは、今住む東京多摩地区では野生動物は狸程度の付き合いしかなく、猿や鹿という「本格派」の野生動物たちとは遭遇したことがなかった。※幸い凶暴な猪とはまだ出会っていないが。
 が、まず古民家の屋根裏を歩き回るハクビシンに頭を悩まし、何とか入ってこないよう天井裏の補修を終えたのがこの夏のこと。そしたら次は秋には猿軍団の襲来である。まだ家の中には入って来はしないが、うかつに鍵かけなければ彼らのことだから間違いなく押し入って来てこの山梨の古民家はお猿に占拠されてしまう。
 じっさい、外の軒下に出しっ放しにしてあった、不要な食器類の入った缶や包みはお猿に荒らされて散乱してしまっていた。我がそこに住み常に常駐していれば、そんな悪さはさせないし来たら怒鳴りつけて追いやるのだが、なにぶん行くのは月に数日なのでお猿たちにとってはほぼ常に空き家なのである。だから彼らはこの季節はウチの屋根に上り庭を荒らしやりたい放題の狼藉を繰り替えしている。

 ひところ、「想定外」という言葉がマスコミやらあちこちで飛び交った。猿害というべきか、お猿の問題もまさに我にとっては「想定外」だったのだが、考えてみれば、こんな人家もまばらな山里の限界集落なのだから猿たちが人家に出て来てもちっともおかしいことでも珍しいことでもなかったのだ。ちょっと想像すれば、いや、事前に調べて考えを巡らせば野生のお猿たちが人家に来ることは「想定」できたかと思える。
 この世のほぼすべてのことは、事前に過去の歴史を知り調べ、そこから予想と想像すれば確実でないまでも「想定」はできる。ならば「想定外」などと口に出すのは己の不明を示し愚かさの証として恥ずべきであろう。

 道一本挟んで昔戦国時代は頂きに山城があったという小山の斜面、山肌がすぐそこまで迫っているところにこの家は建っているのだ。猿軍団が群れで大挙して襲ってきても仕方あるまい。この辺りは本来彼らのテリトリーでもあるのである。
 そんな山の斜面に、戦国の頃からか人間が住みつき家を建てた。いや、その山城の城下町でもあったようだ。近くに関所の跡もあるから、元々は信州の方に抜ける街道筋だったらしい。しかし、今日、中央線と中央高速道沿いに人々は集まり移り住み、その江草の辺りはまったくの過疎地帯、高齢者と空き家ばかりの寒村となってしまった。そして人に代わってお猿たちが今や群れをなして我が世の春を謳歌しているのである。
 だからこそ、そんな猿たちを見て羨ましくてならない。そしてつくづく思う。もし今度生まれ変わるとしたら私は人でなくお猿に生まれたいと。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://masdart.asablo.jp/blog/2015/11/27/7926244/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。