平和のために私たちができること2015年11月11日 22時17分25秒

★プロテストソングとなった「ケ・サラ」といううたについて   アクセスランキング: 128位
 
 ♪私たちができることは
   警官隊に石を投げることでなく
私たちができることは
   唄い続けることなのだ

 先に記したラテン?の名曲「ケ・サラ」である。我も含めた年配の方なら、難病で歌手人生を中途で断たれた悲運のシンガー岸洋子の唄ったバージョンのほうが耳に残っているだろう。

平和で美しい国 信じあえる人ばかり
  だけど明日はどうなることやら
  誰も分かりはしないさ
   ケサラ ケサラ ケサラ
   僕たちの人生は階段をてさぐりで
   歩くようなものさ
   エサラ サラケル ケサラ
 
 この名匠岩谷時子訳の歌詞のほうが、原詩に近いそうだが、前回の、にしむらよしあき訳のほうが、歌声歌集などでよく知られて今もシングアウトの会場では皆で唄われることが多いようだ。

 この曲は、その他にも憂歌団の木村充揮訳のをはじめ数多くのシンガーがそれぞれ独自の訳で日本語詞をつけてうたっている。もうそうなると、同じところは、「ケサラ」という繰り返しのフレーズだけぐらいで、訳詩というより超訳の世界と呼べよう。どれが正しいとかはあまり意味がなく、メロディーに対してどれだけ聴き手にしっくり心に届くかだけが問題となる。
 
 この自分にとっては、岩谷訳も捨てがたいが、今の政治状況を思うとき、まさに「押さえ切れない怒り こらえ切れない悲しみ そんなことのくりかえし」だからこそ、「決して負けはしないさ」とうたう、前回紹介したバージョンのほうがずっしりと心に響いてくる。
 その詞のすごいのは、3番に出てくる「グェン・バンチョイ」や「ジョー・ヒル」そしてあの「ビクトル・ハラ」という革命家、反体制シンガーたちの名が挙げられることだ。

 ちなみに、グェン・バン・チョイはベトナム戦争のときの南ベトナムの反政府活動家で、公開処刑された人だし、ジョー・ヒルは20世紀初頭のアメリカの労働運動活動家でシンガー、やはり無実の罪で殺された人。うんと大昔、映画になったのを観た懐かしい記憶がある。『愛とさすらいの青春 ジョー・ヒル』http://movie.walkerplus.com/mv4433/
 ビクトル・ハラは言うまでもなく、チリのプロテストシンガーで、独裁者ピノチェトのクーデターにより逮捕投獄されギターが弾けないよう両手を切断されて殺害された。多くのうたが残され今も唄い継がれている。彼のことは、日本を代表するプロテストフォークシンガー中川五郎氏が自らの唄の中で思いを込めてとりあげている。

 そもそもこの元歌、「ケ・サラ/CHE SARA」の原曲はイタリアのカンツォーネだそうだから、原詩を確認したわけでないので確かなことは言えないが、岩谷時子の訳でない、反体制バージョンのほうは、かなり独自に色をつけて素晴らしい闘いのうた、不屈の人間賛歌へと仕上げていると感心する。何よりメロディーと相俟って感動的でないか。

 先の国会前12万人大集会の場で、自由の森学園の高校生有志たちがうたってくれたのはこちらのバージョンのほうだ。特にラストのサビの部分で半音上げて
 
 ♪うたえ うたえ うたえ
   人間のやさしさをうたえ うたえ
   明日に向かって力強く
   広く高く大きく 

 のところ、高校生たちが皆で声を張り上げているシーンには何度見ても感動で胸と目頭が熱くなってしまうのは自分だけか。
 このうたは、反安保法と安倍政権打倒という闘いのテーマソングとなったと思う。そう、運動にはうたが絶対的に必要なのだ。

 ※「ケ・サラ」についてもう一回書きます。