続・「商売」と「商売でないもの」との間に2013年10月09日 23時26分53秒

★人には誰にも役割としての「仕事」がある。 アクセスランキング: 197位

 台風のせいなのか、日中はやたら強い南風が吹き荒れていた。爽やかな秋風というものではない。曇りがちでも雨は降らなかったが何だか蒸し暑い。

 さて、この前、古本稼業撤退に向かってその作業を進めていると書いた。その報告から。
 まずはまさに山を成していた、長く出品中のままいつまでも売れないでいた「不良在庫」を再度Amazonマーケットプレイスでの市場価格を確認し、1円本化して絶対に売れない、売れたとしても儲けのでない本は即処分し、売れれば少しでも利益が出る本は値段を下げて再出品した。そうした分別・再出品作業に時間をみつけてはこのところ専念していた。当然のことだいぶ本の数は減ってきた。

 そうした地道な作業で、不良在庫に手を入れていったらようやくこのところまた注文は回復し、前回の支払いでは久々に売り上げはプラスに転じてきた。しかし、それは出品の値をどこよりも安く下げたから注文が再び届くようになっだけのことで、まさに薄利多売、一冊売れても儲けなどは雀の涙なのである。ただ忙しくなっただけのことだ。このところほぼ連日注文は入る。

 例えば、昨日、Amazonから二冊、ウチに注文が来た。
 その一冊、仮にその本を「CD付 宅建主任者に面白いほど合格する本」としておく。 打ち明けを公開すると・・・・
 状態は
コンディション: 中古商品 - 可
コンディション説明: 2001年第3刷・CD未開封附属。お断りしておきますが、水濡れ感があり、カバーに薄シミ、本文にもシワ、たわみ感があります。使用には問題ないと思いますがご理解の上で。お安く致しました。
価格: ¥ 363
Amazon手数料: (¥ 214)
配送料: ¥ 250
振込金額合計: ¥ 399

 この振込金額からヤマトのメール便で発送するとして、配送代が¥160 つまり、純粋な儲け、ウチの手取りの利潤はわずか233円ということとなる。そこに封筒やガムテープなどの経費もこちらの手間賃も含まれている。わずか230円そこらのために発送に行くまでの時間もいれると一時間近くかかる。時給ではいったいいくらになるのであろうか。

 まったくバカバカしいとも思う。これで送った本に不備などがあれば相手方はまたこちらに文句言ってくるし、その対応処理にも追われる。売れてもこれぐらいしか儲けが出ないなら人は商売などしないだろう。手間と気苦労だけの、まさにくたびれ損の骨折り儲けの感がある。

 もうこのぐらいしか儲けが出ないならこんな本は出品せずにゴミとして処分すれば良いとも思わなくはない。しかし、単なる儲け追及の商売、ビジネスとしてだけ考えずに、古本稼業としてみれば、とにもかくにも古本が売れること、その本を求めているお客に本が行き渡ることは喜ばしい。つまり本の再流通が古本屋の役割だとするならば儲けは二の次だという考え方も成り立つ。それに、たとえ微々たる儲けであろうとゴミとして処分するのではなく売れて本が減っていくのは良いことではないか。

 自分は若いときから働くのが嫌いできちんと就職もしなかったし、今だって不動産や田畑あるような不労所得で願わくば働かずに遊んで暮らしたいと切に願う者であるが、近年ようやくこの歳になって「仕事」とは何なのか、人はなぜ働かなくてはならないのかようやく少しだけわかってきた。
 手短かに書けば、要するにこの社会に生きる者全てには役割があり、各々の「仕事」もまたその役割の一つなのである。それは草木鳥、全ての動物だってその役割を担っている。極論言えば、そこに生態系のようなものが成り立っている。

 世の中には、かなり辛い、汚かったり面倒かつ大変な仕事がある。例えば、今もまだ地方には存在する、汲み取り屋さんなどもそうだし、道路工事での車輛誘導の仕事などもかなりしんどい。しかしそうした仕事は好きとか嫌いとか以前に誰かが担当しないことには社会は動いていかない。今ならばフクシマでの原発作業員もそうだろう。他に仕事がなく仕方なく金のためにそれをやっている人がほとんどだとしてもともかく誰かがそれをやらない限りこの社会は日本は、そして地球は動いていかない。

 仕事と言うのは個人の儲けるため、生活のため金を得る手段に過ぎないが、実は同時にどんな仕事でも他者ため、社会のためになっている。公務員などはその関係が見えやすいが、バスなどの運転手、オペレーター、ウエイトレス、新聞配達、建設作業員などだってすべて同じで、そうした役割を担っている人たちがいるからこの世はうまく動いている。マンガだって小説だって、結果としてそれを書く人がいて読み手は楽しむことができるのである。

 ならばある仕事が儲かる、儲からないという個人の基準だけで安易に仕事や商売をやめてはならないのではないかと気づいた。むろん、ほとんど誰も来ない金物屋で、近くに巨大ホームセンターができて、客の多くはそちらを利用するようになってしまい、店舗の家賃すら払えないような状況では店を閉めざる得ないだろう。しかしそこに役割があり、求められる限りは人はその応分の仕事、役割をできる限り続けていくべきではないのか。

 実業だけではない。音楽家には音楽家の役割、仕事があるし、詩人には詩人の、画家には画家の役割、仕事が確かに存在する。そしてそれは様々な形で社会のため、他者=皆のため、地球全体のために役立っている。いや、仕事とは本来そうあるべきだし、詐欺師や資本家のように人を騙しピンハネして金を得るような仕事は本来あるべき仕事ではない。

 仕事とはどんな仕事であろうとも結果として世のため人のためになっている。古本稼業だってそう。「商売」として成り立つかは当然問われるし続けていくためにも問題にしないとならないいちばん大事なことだが、「商売」こそ、商売でないもの、商売としない大事なことが何であるのか問い続けなくてはならない。でないと、金になる、金のためならば人は自らの肉体も売るしやがては金になるのなら人殺しでさえするようになる。

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