2011年の春一番・自分のしたこと考えたこと・12011年05月04日 21時19分47秒

★自由な日々が失われた今、残されたものは旅立ちのうた

 今、5月4日の夜である。先ほど春友からメールで本日の春一番のトリは石田長生だと情報が届いた。今日は大好きなミュージシャン有山、そして木村充揮も出たはずだし、昨日がシバ、イサト氏、律ちゃん、五郎さん、友部正人らフォーク系の人たちが多く出たフォークデイだとすれば今日4日目は関西のロック系重鎮ミュージシャン中心のロックデイだったのだろう。豊田勇造さんにも挨拶したかったが春一で会えなかったことが悔やまれる。

 本来今日も大阪にいて彼らを観れたはずの自分が今こうして東京にいるのがちょっと不思議な気さえしている。しかし、あの喧騒を逃れ、今静かな自分の家でこうしてパソコンに向かえることが幸福でならない。観れなかったステージに当然のこと思いは残るが、それよりも無事に早く家に帰ってこれたことの歓びのほうが大きい。まだ疲れは溜まっているが気分は心静かに安堵している。

 さて、結局のところ、今年の春一番コンサート、全5日間のうち残り2日を残して中日5月3日の途中で、スタッフから会場から追い出され、もはや春一には来るな、来ても入らせないと申し渡された自分、増坊であるが、今回の経過経緯と考えたこと、かつての春一のことも交えて書き記しておきたい。分量が長くなったら分散させ書いていく。

 今回の自分が仕出かしたトラブル、そもそもが主催側との単なるボタンの掛け違いのような気もするものの、果たしてじっさいそんな単純なことなのかを検証していきたい。

 さて、まず最初に断っておくが、自分がしたこと、今回問題となった行為に関して、今も悔やむ気持ちも恥じ入る気持ちも一切ない。会場内での撮影や録音は犯罪であり、してはならないことだと当然のこと理解しているし、そのことに対して異論は何一つない。
 しかしここ春一番というコンサートの場合はまた別だと考えていたし、去年までは自分だけではなく誰もが堂々と、かつてはビデオカメラまで回している人もいたのは事実である。それらは主催者側に許された行為ではなかったはずだが、ほぼ黙認されていたのだと思う。むろん、年毎にしだいにチェックは厳しくなってきたことも感じていたし、主催者風太自身が会場を回ってビデオ撮影をやめさせていたのも知っていた。

 また、再三、風太がMCの中で、撮影などは迷惑になるのでやめましょうと呼びかけていたのも記憶にはある。しかし今年からカメラによる撮影も録音も「絶対禁止」となったとは気がつかなかったし知らなかった。だから去年と同じく今年もステージを撮影し音を録音していたのだ。そしてそのことを注意され従わなかったから出入り禁止処分を受けたのだ。

 では何故にそんなことをやるのか。
 自分のブログ、今この無頼庵日録の前の「本の人生 ほんとの人生」をお読み頂いた方ならご存知のはずだが、自分、増坊は近年ずっと日本のフォークソング、フォーク系ミュージシャンたちのことを書き綴ってきた。取上げる人たちは自分が心魅かれ敬愛する方たちばかりで、今音楽という仕事自体が経済的に恵まれているわけではない時代に、売れなくても地道に唄いつづけ、曲を作っている人たちを応援する意味を込めていた。自分は無名の素人ライターではあるが、今の時代は個人のブログでもかなりアクセス数がときにあるし、拙ブログで取上げ発信することで、少しでも話題になりスポットがあたりライブに客が来てCDが売れる一助になればと願ってである。

 そうした記事を書くときに必要なのは、当然のことそのライブの音を録音したものであるし、画像もないよりはあったほうが当然良い。だから参考資料として音を採り、写真をデジカメで写していた。そうしてそれらを編集してブログにアップしてきた。
 幸いのことフォークソングファンの間はそれらは多少の話題になったようで、春一の会場ではまったく知らない方に、マスダさんですか、ブログいつも読んでますよ、と励まされてこちらが驚き恐縮したことも何度かあった。そんな自分にとって、春一番というのは、格好の取材の対象で、常に毎年多くの素晴らしい大好きなミュージシャンたちが一日約15組も登場する一大音楽イベントであったから近年毎年期間中全日参加していたのだ。

 行ってそのことをブログで報告するからには、出演者の名前と順番と、ステージでの画像が必須であり、それらに観た感想や要望などを書き加えていく。気持ちとしては自分は彼らのファンである以前に、報道側、ジャーナリストのようなものだというような自負もあった。だから今年も例年通りに、ブログにアップさせるために写真を撮り、後で確認する資料として音も今回からICレコーダーで録っていた。自分では取材に来たつもりでいたのだ。

 もちろんそれらを使って私益とするため儲けようと考えた事は一度たりともない。特に今回は海外に出かけてしまい来れなかった友人のためにもできるだけ詳しく書き記し記録していこうとムリを押して大阪へやってきたのだった。
 今回は、デジカメも安物ながら新しく買い換えたし、ノートパソコンも新規に買って、わざわざ大阪まで持ってきていた。ホテルは部屋でインターネット接続ができるホテルに変えたし、大震災以後、先のことはわからないと深く思い至ったからこそ、迅速正確な報道を期して、即日ブログにアップできるよう環境を整えた。行けるかどうかわからないながら今思うとそれなりの意気込みで来たのだと自分で今気がつく。

 しかし結果はご覧のとおりの最悪の、踏んだりけったりの結末となった。スタッフの女の子からあんたの自業自得でしょ、と冷笑されたが、その女の子が生まれるはるか以前に天王寺の野音時代の春一で観た、自分が知る史上最高の日本人ソウルシンガー砂川正和の曲「最後の本音」のサビをまたも借りれば、♪俺はけっして悪い人間じゃない、ただ考えが甘いだけ としか言葉がない。

 そう、考えが甘かったんだと今つくづく思う。阿部ちゃんのいない春一番は自分が知っていた70年代の天王寺野音での春一とははるかに遠いものになっていたのだ。迂闊にもそのことに気がつかなかった。

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