この夏をともかく無事に乗り切ろう2015年07月30日 22時35分53秒

★山梨も蒸し暑かった。        アクセスランキング: 160位

 実は一昨日から二泊三日で、親たち連れて山梨、須玉の江草にある古民家に行っていた。むろんのこと猛暑を逃れ涼を求めてだ。

 が、ちっとも涼しくなかった。むろん東京よりは人家やニンゲンがいない分だけ過ごしやすいが、期待したほどでなく、軽井沢の別荘地のような爽やかさはまったくなかった。何でだろうか。たぶん湿気である。
 その家があるのは、須玉インターからかなり上った、山間部というか、茅が岳に連なる小山の中腹にある。標高はたぶん700mはあるかと思う。里山ではなく山里である。お猿や鹿もよく現れる。

 東京でいえば、高尾山や御岳山の山頂と等しい高度だろう。ならば当然のこと麓よりは涼しいはずだ。じっさい季節などは東京より向うは一か月遅れている。冬が来るのも早いし春が来るのも遅い。冬の寒さははんぱじゃない。
 そこに倉庫としての家を手に入れ通うようになって二度度目の夏となる。去年などは涼しく爽やかで、行けばクーラーの必要など全くなく、快適至極だったと記憶している。が、今年は違う。
 室内に古本など大量に運び入れたことも関係して空気の流れが悪くなったということもあろう。しかしそれより今年の夏は例年と違い妙に湿気があり、蒸し暑いからだ。そこの家々は山腹の急斜面に、貼りつくがごとく、ひな壇のように崖の斜面を平らに切り崩して建っている。だから家の裏面は切り立つ土の壁であり、すこぶる水はけが悪い。当然湿気が強い。また、森の中だからあたり全体湿度も高い。

 今回、着いたのは夕方で、まず鍵を開けた瞬間、もわーんとしたよどんだ熱気が建物の中から出てきた。本来、古い昔ながらの家だからひんやりとした冷気が満ちているはずなのにだ。
 慌てて窓という窓を全部開け放したが、ちょうど雨も降った後で、建物の内も外も日中の熱気と湿気でともかく蒸し暑く東京多摩地域とほとんど変わらなかった。これではいったい何のために来たのか。

 その晩は窓開け放してて何もかけずに寝たが、また外は雨も降り出し湿度が高くともかく寝苦しかった。まあ、親たちは朝方うすら寒いと騒いでいたが。

 次の日はしだいに雨も上がり、午後からそのさらに山奥にある、増冨ラジウム温泉峡へ、母の癌治療のために車を走らせた。父はまだ温泉には医者から禁止されていたので留守番。
 向うは標高千メートル。さすがに汗ばむような湿気はなかったが、晴れれば日中はとうぜん暑い。それでも夕刻に温泉から上がれば爽やかで来てよかったと思えた。

 その晩は初日ほどの蒸し暑さは収まったが、この湿気のやたら強い古民家は長い目で見れば本の倉庫としては失格だと今さらだが考えさせられた。根本的に湿気対策の工事をやらないとならないなあ。

 今年の夏は五月の連休の頃に異常な暑さに一時的見舞われたが、当初は梅雨の頃、7月の頭までは妙に涼しく、ときにうすら寒いほどであった。それが度重なる台風が南の海の熱波を連れて来て梅雨明けから連日記録的猛暑が続き暑い夏となった。
 例年の夏ならば、気温は高くなってもこれほど湿度はなく、ウチのほうだと東京でも田舎なので日陰ならば我慢もできた。それが違うのは、山梨も同様になぜか今年は湿気が異常にあるからだ。気温の高さよりも湿度が高いほうが体にこたえる。

 今ウチは老犬と老人たちを抱え、特に人間のほうはボケが甚だしく、うっかり目を離すと、冷房なしの部屋で水分もとらずに布団かけてただじっとうつらうつらしてたりする。
 犬たちも外気温が30度を過ぎてくるとハアハア息が荒く外には出しておけない。まともなオツムなら自らこまめに水分を摂り、暑さ寒さに敏感だから心配ないが、老人はそもそもそうしたセンサーがろくに働かない。夏でもそのままコタツ入れていたりする。ほったらかしにしたりうっかり目を離すと、簡単に熱中症となり救急搬送ならまだしも運悪ければ死んでしまう。
 山梨からの帰り道、中央道を走りながら、その古民家があれば避暑として夏場は親たちだけでも向うに置いておく計画が頓挫したわけで、さてどうしたものかと考えた。

 今晩の天気予報だと、まだ当分この猛暑は続き、お盆の頃までまだずっと厳しい暑さだと報じていた。果たして無事にこの夏を乗り切れ秋を迎えられるのかと不安になる。
 が、ともかく無理せずにまずはこの「危機」をやり過ごすしかない。老いた犬も親たちも今年も暑い夏を越せるかはこの我の手腕にかかっている。いろいろあれこれ思うことはあるけれど、家族全員無事で秋を迎えられたらそれだけでも良しとしようじゃないか。
 まずこの猛暑に負けずに生き抜くことだ。それからまた全てが始まるし始められる。そう信じてがんばろう。

 皆様もどうかご自愛のうえ、無理せず記録的猛暑を乗り切って素敵な季節を共に迎えましょう。まず生きていくことから始めなければ。すべてのことはそれからだ。